島村英紀が撮った熱帯の写真(海底地震観測時)

(もともとは35mmフルサイズの写真ですので、ピントもコントラストもずっといいのですが、画像を軽くするために圧縮してあるので、お見苦しいのはご容赦ください)


1:ラバウル(パプアニューギニア) 1994年の噴火の爪痕。

商店が並んでいた旧中心部は3-5mの火山灰をかぶって、まだこのありさまだ。

ラバウルは州都だったが、いまは20kmほど南のココポに町の機能の一部を移しているが、人々は噴火後6年もたったいまでも不自由な生活を強いられている。

2:ラバウル 1994年の噴火の元凶の一つ。ブルカン火山。

ブルカン火山(Vulcan、後方)のすさまじい噴火は、広範な地域に厚さ3-10メートルの火山灰を噴き出した。灰の下に埋もれてしまった建物が見える


(1996年11月に撮影)

3:ラバウル 1994年の噴火の元凶のもう一つだったタブルブル火山

1994年の大噴火で逃げ遅れた飛行機が無惨な姿で残っている。飛行場には一面火山灰が積もり、廃墟になったままだ。タブルブル火山(Tavurvur、後方で薄い噴煙を上げている)は私の滞在中(1997年)にも一回噴火した(下の写真5)。

この飛行機は一機だけ、逃げ遅れた。飛行機の持ち主がたまたまオーストラリアへ行って留守にしていたのが不幸だった。

州政府があるラバウルでは、飛行場が使えないままというわけにはいかないので、30kmほど離れたココポに新しい飛行場を作り、州政府も近くに移転した。つまりラバウルは見捨てられてしまったのである。

(1996年11月に撮影)

4:ラバウル。私たちの海底地震計を使った地下のマグマの研究。

1996年に私が予備調査したあと、1997年に北海道大学の海底地震計をラバウルまで運び、地球トモグラフィーの手法で地下構造を探り、マグマが地下のどこに、どのようにあるかを研究した 。

海底地震計の設置や回収のために借りたのは、この『クトゥブ』 号、長さ12メートルしかない船で、もちろん船室もない。

海底地震計の作業の帰りに、船からヒモと釣り針を垂らしておくと、長さ1メートルを超える大カマスやシイラが、よくかかった。船速が最大でも8ノット、向かい風だと4ノットにも満たないほど遅いのも、たまには良いことがあるのである。 船が速すぎると、かかった魚のアゴがとれてしまって、漁獲にはならないばかりか、無益な殺生をすることになる


なお、このときの研究について私が『日経サイエンス』1997年3月号に書いた説明(1頁目2頁目3頁目)と『EOS』(米国地球物理学会機関紙)の1999年6月15日号(80巻24号)に載せた観測点の配置図があります。

(1997年10月に撮影)


5:ラバウル。タブルブル火山の噴火。

タブルブル火山(Tavurvur)は私の滞在中(1997年)に一回噴火した。交代で滞在していた北大の観測陣の半年間の滞在中にたった一回の、つまりone-offの噴火であった。北大のチームとしては私だけが噴火に遭遇したことになる。手前は1994年の噴火で廃墟になってしまったラバウルの町。

ラバウルの町を見下ろす高台にあるラバウル火山観測所から撮った。1997年12月24日のクリスマスの前の日の昼であった。翌日のクリスマスを控えて「御用納め」で仕事を終わり、観測所の庭でささやかなビールパーティを開いているときだった。距離が離れているために、噴火は音もなく、始まっていた。

この火山は、ずっと噴気が続いていた。わずか数日前には、私の知人であるスペインの地球化学者が噴気ガスを取りに、この火山の山頂に登っていた。じつに危ないところであった。

北大の私の同僚の火山学者も南米の火山で間一髪で助かったことがある。私の知る限り、火山学者は、職業としてはもっとも危ない科学者なのである。

なお、細い柱のような雲が立ち上がる、という意味では入道雲(積乱雲)と似ていなくもないが、実際にはメカニズムも違うので、「柱」の色も形も違うものだ。


6:ラバウル。1994年の噴火の元凶の一つだったブルカン火山。

噴火が終わって、廃墟になった町をよそに、静かなラバウル湾が戻ってきている。天然の良港だ。ラバウル火山観測所の庭から撮った。

世界の火山観測所は景色のいいところにあることが多いが、なかでもここは、写真のように、素晴らしい眺望のところだ。

しかし、大噴火がラバウルの町のほとんどすべてを損なってしまった。観測所は幸い、それほどの被害を受けなかった。


海の中に二つ立っている岩は、火山のプラグである。南極・南シェットランド諸島にある三兄弟山と同じものだ。

不思議な形だ。日本人には馴染みがない、と思う人も多いだろう。しかし、 宮沢賢治は『楢ノ木大学士の野宿』のなかで、この三兄弟ならぬ岩頸四兄弟の寓話を書いている。

(1996年11月に撮影)


7:ラバウル。噴火から5年。一部の植物はほぼ元に戻った。

ラバウル火山観測所の庭で。色鮮やかなハイビスカス。しかし、後ろに見える火山は厚い灰に覆われたままだ。

(1996年11月に撮影)


8:ラバウル。旧日本軍への恨み

ラバウルは第二次世界大戦中、地理的な位置と天然の良港ゆえ、日本軍が南方進出の足がかりにした大基地で、10万人もの日本軍が滞在していた。

現地のキリスト教会には日本軍の蛮行を描いたステンドグラスがある。戦後に作られたものだ。現地の人々には親日的な人が多いが、日本軍の蛮行は忘れてはいない。

9:ラバウル。戦時中の日本の地震観測所。

日本軍は火山を観測するために飛行場の近くの Sulpher Creek に地震観測所を作り、気象庁(当時の気象台)から木沢(きざわ)緩技師を派遣した。その観測壕がいまも残っている。戦時中から1994年の大噴火まで使われていた飛行場の近くである。

当時としては高度の地震計が設置されて、毎日、微小な地震の観測にあたった 。

この観測壕は、タブルブル火山に近くて危険だし、街から遠かったので、戦後は、放棄され、地震計はラバウル火山観測所に移された(下の写真)。

(1996年11月に撮影)

10:ラバウルかつて日本が設置した地震計。

この地震計は、その後、ラバウルの町
を見下ろす山にあるラバウル火山観測所に移された。1996年当時はまだ動いていたが、機械式の地震計ゆえに管理が大変なうえ、スス書き記録という古い方式の記録だったので、翌年には動作は止まった。

地震計の脇にいるのは観測所員のイマ・イチカライさん。地震観測の責任者で、2002年から所長になった。なお、この写真には写っていないが、地震計の後ろに、戦後、ここを再訪したときの木沢さんの写真が貼ってある。また、木沢さんの観測ノートも残されている。

なお地震計の右手に見える二つの丸い円筒は、地震計のためのエアダンパーである。これでダンピングをかけて、正確な地動を記録する。

なお、新田次郎の小説『火山群』は、戦時中、ラバウルでの木沢さんを描いた作品である。小説中で木沢さんは西沢厚の名になっている。『火の島・火山群』新田次郎全集10巻・1974年・新潮社に収録。また、新潮文庫「氷原・非情のブリザード」の55-116頁にも収録されている。

なお「氷原」は白瀬隊のこと、「非情のブリザード」は昭和基地の福島さんの遭難を題材にしている。

(1996年11月に撮影)

じつは私は1971年にラバウルへ行ったことがある。東京大学海洋研究所の観測船『白鳳丸』で海底地震観測の途中に訪れたものだ。そのときのラバウルは、独立(1975年)前でオーストラリア領だった。独立前の植民地としてのいろいろの問題があったはずだが、風景そのものは緑に覆われた熱帯の楽園に見えた。
11:ラバウル。1971年当時のラバウル市街の中央通り。

鬱蒼とした並木が並ぶ日陰は涼しかった。1994年の噴火で、この並木も町も、すべて火山灰に覆われて、死の町になった。

車はフォルクスワーゲン・マイクロバスのピックアップトラック。空冷のエンジンを後に積んで後輪を駆動するRRの名車である。構造が簡単で頑丈だし、エンジンの冷却水が不要なので、砂漠や熱帯向きの車なのであろう。

ラバウルのどこに行ってもフラン・ジパニという白い大柄の花が咲く木がある。クチナシのように、強いが品のいい香りの花だ。この花は噴火で影響を受けたが、1996年には再生していた。写真は1997年12月に撮影。


12:ラバウル。ラバウル火山観測所から見た1971年当時のラバウル市街。右後方の白っぽい山はタブルブル火山。

これが1994年に大爆発してラバウルの町全体を滅ぼそうとは、町の誰も思わなかったに違いない。

1.の写真に写っているのは、写真中央部、湾の向こう側にある町が変貌した姿である。

13:ラバウル。1971年当時のラバウル風景。

200年間に7回の大噴火があったとはいえ、このころは平和な生活がいつまでも続くように見えた。車は1962年型の日産ブルーバード1200(モデル名P312)。エンジンは水冷4気筒の1200cc。 後ろ窓は破れているうえ、屋根も凹んでいる。

後方はトヨタの初代パブリカのマイナーチェンジモデル・空冷の水平対向2気筒の800ccエンジンを積んでいた。すでに日本車が世界中の国々に流れ込む洪水は始まっていた。

このほかに、熱帯の海の写真はこちらにもあります。

パプアニューギニアについてのエッセイ「世界でいちばん危ない国」はこちらに

パプアニューギニアで入手した「ヘビの噛まれ方」。とても「よくできた」パンフレットです。発行元は書いてありませんが、同国の厚生省か保健所のようなところなのでしょう。

なお、このときの研究について私が『日経サイエンス』1997年3月号に書いた説明(jpegファイルは1頁目2頁目3頁目全体のpdfファイルはこちら)と『EOS』(米国地球物理学会機関紙)の1999年6月15日号(80巻24号)に載せた観測点の配置図があります。


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