島村英紀『夕刊フジ』 2023年10月13日(金曜)。4面。コラムその513「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

ローマの建物はなぜ長持ちするのか
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「古代ローマの建物はなぜ長持ちするのか 最近の研究で分かりかけてきた「ローマン・コンクリート」長持ちの仕組み」

 近代建築に欠かせないコンクリートだが、古代ローマの壮大な建造物は何度もの大地震に耐え、2000年も建っている。世界最大級の無補強のドームを持つパンテオンやコロッセオといった巨大な建造物が残る古代ローマの人々は非常に高い建築技術を持っていた。

 一方、20世紀はじめに建てられた、例えば長崎・端島(軍艦島)の鉄筋コンクリート住宅は著しく劣化している。大きな違いだ。


 古代ローマの建造物には「ローマン・コンクリート」という呼び名がついている。


 それを可能にした謎の材料はコンクリートに混ぜた火山灰だと考えられてきた。研究者たちは長年、ローマン・コンクリートがそれほど丈夫なのはナポリ湾沿いのポッツオーリからの火山灰が原因だと考えていた。この種の火山灰は、建設に使うために広大なローマ帝国の各地に輸送され、当時の建築家や歴史家の説明の中でもコンクリートの重要な材料と紹介されていた。


 しかし最近の研究ではそれだけではないことが分かりかけてきている。


 コンクリートを混ぜ合わせるときに、近代では消石灰を混ぜるが、危険性が高い乾燥した生石灰を使用したためだというのが最近の研究の成果だ。生石灰は酸化カルシウムで非常に反応しやすく危険性も高いものだ。


 生石灰に水を加えると激しく発熱した後、消石灰になる。従来、消石灰の白色を生かして運動場の白線引きに使われてきたが、触ったり吸い込んだりしたときの刺激が強いために、あまり使用されなくなった。


 生石灰はコンクリートの中で「ライムクラスト(石灰の塊)」として閉じ込められる。


 コンクリートに含まれるライムクラストの白い塊が、時間の経過とともに生じる亀裂を修復する能力を与えるのだ。


 ライムクラストは水に触れると溶ける。そして亀裂に流れ込み、再結晶して風化によって生じた亀裂が広がる前に修復することになる。ライムクラストの自己修復能力の結果は、のちのコンクリートよりも長持ちする。


 海中にあってさえ同じように修復されて、普通は弱くなる海水の腐食によって、逆に強度を上げるという仕組みだった。コンクリートは火山岩の中にある結晶と同じような形をしているので結晶は母岩を固く結びつける力を持っている。その構造とコンクリートの隙間を海水が通り抜けることで、結合を強める。


 石灰と火山灰はローマン・コンクリートにどちらも重要な成分だが、石灰はこれまで見過ごされていたのだ。


 ではなぜ、このローマン・コンクリートが現代のコンクリートの代わりに使われないのか。


 ひとつはローマン・コンクリートが現在使われているコンクリートよりも圧縮強度が低いこと、正確な製造方法がまだ研究中で分かっていないことだ。

 
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