島村英紀『夕刊フジ』 2023年10月6日(金曜)。4面。コラムその512「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

地下水のくみ上げで狂った地球の自転

 2004年に起きたスマトラ沖震(M9.4)のときは、北極と南極にある地球の回転軸が約15センチずれた。

 話は変わる。北米大陸の中西部アイダホ州、ネバダ州などを飛行機で飛ぶと丸い畑が目につく。これは地下水をくみ上げて地表の作物に水を撒くための仕掛けで、タイヤのついた半径400メートルもの長いパイプを回転させて水をやる道具だ。ここは米国有数の穀倉地帯で、小麦をはじめ大豆やトウモロコシなどを生産する。

 陽は照っているから、水だけをやれば作物は育つ。この地域はほぼ全域が降水量が少なく、河川や湖沼などの地表水が少ない。そのため、地下水が重要な水道水源、農業用水源となっている。

 20世紀初めまで農業が行われていなかった砂漠地帯でもこのような灌漑農業が行われるようになった。いまは米国有数の穀倉地帯である。
 米国でも、他のところには、雨が多くてこんなことをしなくても作物がとれるところはある。

 地下水を続けてくみ上げると地下の塩分が出てきてしまうので、耕作地を捨てて別の土地に移る。土地は米国中西部にはいくらでもある。

 地下水を使って灌漑農業をやっているところは米国だけではない。インドなどアジアや中央アジアや中東でも、盛んに行われている。

 農業はこれでもいいかもしれないが、供給源・米国中西部に広がるオガラカラ地下水は痩せ細る一方だ。オガララ地下水は世界最大級の地下水層で、総面積は日本の国土の約1.2倍、45万平方キロにもなり、同国中西部・南西部8州にまたがっている。

 地中から汲み上げている水のほとんどは、何千年も前のものだ。ある日に雨が降って1週間で地下水層に届くというわけではない。

 こうして、いわば未来の人類から資源を奪っているわけだ。

 だが、実際に全世界の地下水の利用量を確かめることは難しい。そこでソウル国立大学の研究チームが、地下水の地球の自転軸の傾きへの影響の大きさと方向を知ることに成功した。

 くみ上げられた地下水の量は1993年から2010年にかけて2150ギガトンだ。これは海の水位を6ミリ変化させるだけの量だ。

 このため地球の自転軸の傾きへの影響は年間4.3センチ。1993〜2010年では17年間で80センチ近くも地軸が東へ傾いた。地下水のくみ上げでこれほど地球の自転軸が傾いたわけだ。

 地下水がもっとも多くくみ上げられたのは米国中西部とインドだった。

 もちろん地質学的な期間で見れば、こうした人為的な要因が気候に影響する可能性は大きい。

 地球が宇宙に浮いている球だということを覚えているのは地球物理学者くらいのものだろうが、大地震だけはなく地下水のくみ上げでも地球の自転軸が影響されるのだ。 

 
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