島村英紀『夕刊フジ』 2023年9月29日(金曜)。4面。コラムその511「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

モロッコ地震前にナゾの発光現象
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「モロッコ地震前にナゾの発光現象、動画がソーシャルメディアで拡散 閃光、光る雲、光球…過去に「地震発光」目撃談」

 隣国リビアの大洪水の陰に隠れてしまったが、北アフリカ・モロッコ中部で9月8日に起きた地震は犠牲者が3000人を超えると思われている大災害だ。マグニチュード(M)は6.8、震源の深さは諸説あるが8〜26キロと浅い。被害を大きくしたのは石造りの家、中でも日干し(ひぼし)煉瓦の家だった。

 しかも被害はアトラス山脈の山中で、地震の被害はまだまだ増えることが心配されている。アトラス山脈はアフリカ大陸の北西辺にあり、モロッコからアルジェリア、チュニジアにまたがる大山脈で長さは約2400キロ、最高峰は富士山より高く4000メートルを越える。内陸のサハラ砂漠と海岸部は山脈を越える多くの峠で結ばれており、アフリカでも雪と氷の峠越えの場所もある。


 ところでモロッコ地震は地震が発生したときに「地震発光」と呼ばれる現象が目撃された。モロッコ地震が発生する直前、夜空を照らす閃光を撮影したとする動画がソーシャルメディアで拡散されている。


 地震発光とは、大きな地震の前や最中、地震後に観測されるといわれる発光現象だ。短時間の閃光のほか、光る雲、光球、地面から立ち上る炎などの目撃談がある。ほとんどの場合、地震の直前か揺れている間に観測された。


 地震発光の歴史は古代ギリシャにさかのぼり、何世紀にもわたって記録されていた。地震発光の約80%はM5.0を超す地震で、震源から600キロまでの範囲で目撃されていた。


 1973年、長野・松代町(現長野市)で起きた年に5万回にも達する群発地震のとき、赤や青に光る雲を撮影した写真とともに、地震発光の英語の調査報告書を日本人が発表した。この報告は外国で有名になった。


 2017年と2021年にメキシコの首都メキシコ市を大地震が襲ったときも、地震発光を撮影した画像や動画がインターネット上に出回った。


 地震発光は長い間、裏付けに乏しい体験談や伝承があるだけで、ほとんどの地震学者はまじめに受け止めていなかった。


 今回のモロッコで撮影された光についても、ネット上の動画では、電線間で発生したアーク放電や、街のあちこちにある変圧器の爆発などではないかとも思える。


 しかし、地震発光がすべて実在しないものと決めつけるにはあまりにももったいない。


 圧電現象は古くから知られており、実験室では岩を押したら高圧の発電ができることが実証されている。石に応用したわけだ。電気石や火打ち石、ライターの石の例もある。圧電現象を示す石は多く、そのような石が現場になかったとは言えまい。


 地震発光が地震より前ではない。地震と同時か、揺れている間だ。


 地震発光の調査が携帯電話の動画撮影や防犯カメラの最近の普及によって進めばいいのだが。

 
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