島村英紀『夕刊フジ』 2023年7月7日(金曜)。4面。コラムその499「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

土星の第2衛星「エンケラドゥス」に生命?
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「土星の第2衛星「エンケラドゥス」に生命!?「内部海」から元素を確認、生命存在に必要な条件をすべてクリア」

 かつて、夜に墓場でリンが燃えると言われた。土葬された人体から出たリンが青白い光を放つのを見た言い伝えだ。人体でなくても、植物が枯死するか、その植物を食べた動物が死ぬ、微生物に分解され土壌に戻るときに光る現象だ。

 リンは人体をはじめ生物にはなくてはならない元素である。

 話は突然変わる。いままでは地球外生命を見つけるのに太陽系以外が主力だった。「ハビタブルゾーン」とは水が凍らなくて水として存在するゾーンで、長い間には生物が生まれるのではないかと思われている範囲だ。特に米国が熱心で、太陽系の外ではハビタブルゾーンが数千も見つかっている。液体の海が存在できる恒星との距離が、ごくごく狭い範囲に限られているのだ。地球はたまたまそのひとつで、原始的な生命から人類まで数億年かかって進化したと思われている。

 ところが、星の内部にある「海」ならば、ハビタブルゾーンの距離の条件はそれほど厳しくないことが分かった。

 地球よりも遠くて太陽の熱を受けない火星、木星、土星以下の星にも岩の下に「内部海」があることが分かって来てからだ。土星の第2衛星エンケラドゥスや第1衛星タイタン、木星の衛星エウロパ、カリスト、ガニメデ、天王星の衛星のいくつかと小惑星帯のセレスなども「内部海」を持つ。じつは液体の「海」はありふれたものだった。

 しかも、エンケラドゥスの南極から噴出する水蒸気プルームが、エンケラドゥス自体の大きさの20倍以上にも広がっていることが分かった。エンケラドゥスの南極から噴き出す水蒸気によって形成される水のドーナツ「ウォータートーラス」。噴き出す水蒸気は土星から受ける重力によって、エンケラドゥスが常に伸び縮みし、そのために熱が生じるからだと考えられている。水の3割はドーナツ内にとどまるが、残り7割は土星系へと散らばっていく。この3割が特徴的な土星の「帽子のつば」を作っていることが分かった。

 しかも噴出物にはリンが豊富に含まれていた。地球の海水に含まれるリンの数千〜数万倍にもなる濃さだった。

 リンは地球上のあらゆる生物にとって必要不可欠な素材だ。リンは地球上で11 番目に豊富な元素だが、人間でも6番目に豊富な元素でもある。人間だけでなく、あらゆる動植物に必要な素材である。DNAとRNA、エネルギーを運ぶ分子、細胞膜、骨、歯などはこれがなければ作れない。

 このほか、生命に不可欠なほかの元素(炭素・水素・窒素・酸素・硫黄)もまた確認されている。つまりエンケラドゥスの「海」は、生命が存在するために必要な条件をすべてクリアしているということになる。

 エンケラドゥスは、地球外生命を探究する宇宙生物学者にとって最大の目標となっているのだ。

 次の探査はエンケラドゥスに違いない。

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