島村英紀『夕刊フジ』 2023年6月23日(金曜)。4面。コラムその497「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

緊急地震速報 6割以上が安全確保せず
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「緊急地震速報「6割以上が安全確保せず」…地震予知の代役≠ノはなれない 「直下型地震には対応できない」根本的な弱点も」

 衝撃の調査結果が発表された。

 緊急地震速報が出たときに、安全と思う場所に移動するなどの行動をした人の割合は35%にとどまった。一方、その場で身構える程度で行動を伴わなかった人が52%を占め、13%が何も反応していなかった。全国の20〜80代の男女計491人の回答を分析したもので、年齢が高い人ほど、速報に反応していない傾向も明らかになった。関東学院大の大友章司准教授(応用心理学)らの研究について、神奈川新聞が報じた。

 緊急地震速報は一刻を争って出さなければならない。震度5弱以上を地震計で捉えると、まだ揺れが伝わっていない地域に警戒を呼びかける仕組みだ。かといって自動車や動物と間違えては困るから、震度5弱以上を地震計2台以上で捉えると速報を出す。

 警報が発表された地域にいると、携帯電話から警報音が鳴り、安全な場所に身を寄せるなどの緊急の行動が求められる。

 私がある本を書いたときに、事前に読者からの要望を集めた。目立ったのは「数秒ではなくてもっと長くしてくれないか。数分でも、数時間でもいい」という要望だった。長くするのは、元来、無理なのだ。勘違いしている人も多いが、この緊急地震速報は地震予知ではない。地震予知が出来ないので導入したものだ。

 恐れられている南海トラフ地震が起きたときに、横浜で10秒ほどが、東京でも10数秒しかない。しかも遠くなれば揺れも小さくなるから、20秒以上になるところで知らせてくれても警報の意味がなくなってしまう。震源から離れるほど速報伝達後の猶予時間は長くなるが、揺れは小さくなる。ゆえ速報が地震災害の軽減には役に立たないことになってしまう。

 一方、緊急地震速報の仕組みには根本的な弱点がある。直下型地震には対応できない仕組みになっていることだ。

 直下型地震では震源は真下にあり、いちばん近い地震計が地上にあるために、肝心の震源近くで揺れが強いところでは緊急地震速報が間に合わない。震源地から半径40キロ以内では緊急地震速報は間に合わない。

 気象庁の試験運用のデータでは、予測震度と実際の震度が一致したケースが37%、これを含む震度が上下1階級以内のときが83%で、17%が「はずれ」だった。

 緊急地震速報がうまく働いたとしても、個人ではできない:ことは:十分想像できる。走っている新幹線はその時間では完全に停止することは出来まい。工場でも大きな機械を短時間で止めることは不可能だ。手術中の病院でも、これだけの時間では手術を止めることはできないだろう。

 緊急地震速報は地震予知の代役にはなれないのである。

 調査結果は緊急地震速報が無視されたことを意味する。見透かされて「化けの皮」が剥がれかけているのかもしれない。 

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