島村英紀『夕刊フジ』 2021年5月7日(金曜)。4面。コラムその395「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 1

「南大西洋異常帯」拡大の謎
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「地磁気が異常に少ない「南大西洋異常帯」拡大の謎 原始惑星「テイア」の名残など諸説も」

 地球はひとつの大きな磁石だ。それも、ただの磁石ではなくて電磁石である。普通の電磁石は、巻いた電線の中に電気を流して磁石にする。だが地球では、溶けた鉄の球の中で強い電気が流れて電磁石になっている。

 この溶けた球は地表から2900キロ下にある。地球の半径は約6400キロあるから、この球は半径で約3500キロ、月の倍もある大きなものだ。
  
 しかし、なぜ、液体の球の中で流れる電流が電磁石を作っているのかというメカニズムは、まだナゾなのだ。

 オリエンテーリングや山歩きで磁気コンパスが使えたり、オーロラの美しさを楽しめるのも、地球の磁石のおかげだ。

 それだけではない。この磁場で、地球上の人間をはじめ全生物は地磁気が作ってくれるバリアーの中にいて荷電粒子や放射線から防護してくれるから安全なのである。

 現に1960年代に月に行った米国のアポロ計画に参加した宇宙飛行士は心臓や血管の病気での死亡率が高い。これは地球の磁場が作るバリアーの外に出たので、強い荷電粒子や放射線に曝(さら)されたからだ。

 ちなみに日本人宇宙飛行士が行く国際宇宙ステーションは地球の半径の16分の1のところ、つまり地球の表面にごく近いところにすぎないから、バリアーの中だ。

 ところで地磁気が異常に少ない領域がある。ここは「南大西洋異常帯」と名付けられている。地磁気が弱まると、特に低軌道を周回している人工衛星などにとっては問題になる。ここでは、人工衛星が上空を通過するときに、不必要な機器をシャットダウンして万が一の事態に備えるほどだ。地球に降り注ぐ荷電粒子の濃度が高まるせいで、ここの上空では人工衛星の故障が増えることが知られているからである。

 地磁気の学問は地球物理学の一部で地球電磁気学というが、最近、変なことが見つかった。それは南大西洋異常帯が徐々に広がっていることだ。

 過去200年で4倍にも広がり、現在も拡大中だ。現在ではさらに拡大して、アフリカ南西部と南アメリカ東部に分裂しつつある。しかし、その原因はナゾのままだ。

 なぜ南大西洋異常帯ができたのかは諸説がある。ひとつは地球に衝突して潜り込んだ原始惑星「テイア」の名残だ。地球は45億年前に生まれたばかりで、地震や噴火を起こすプレートのような堅いものが現在のようにはなかった。衝突したテイアは地球の奥深くにめり込んだ。南大西洋異常帯はその影響が残っていると思われている。

 その領域は巨大なもので、まわりにあるマントルよりも1.5〜3.5%も密度が高くて熱い。これは「大規模S波低速度領域」とも呼ばれている。

 しかし大規模なS波低速度領域は別のところ、たとえば太平洋の下にもあることがわかってきた。だが、テイアが落ちていないところだし、大西洋と同じように地磁気が弱まっているわけではない。これはテイア説への反論である。

 地球の内部には、まだわかっていないことが多い。私たちは、理由は知らないで恩恵に浴しているし、一方、将来の危機も知らないで過ごしているのだろう。

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