島村英紀『夕刊フジ』 2021年4月23日(金曜)。4面。コラムその394「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 1

悲劇繰り返してきたカリブ海の火山
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「悲劇を繰り返してきたカリブ海の火山 かつて3万人の島民を瞬時に全滅も 日本に似たプレート形状で地震や火山が頻発」

 日本では南西諸島のトカラ列島での群発地震が起きている。トカラ列島は火山列島だ。フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に潜り込んでいて、プレートの衝突によってマグマが生まれ、地震が頻発しているのだ。

 世界的には、4月に始まったカリブ海のグレナディーン島でのスフリエール山の噴火が大きく報じられている。噴煙は高さ8000メートルに上った。人道や経済の危機が長く続き、周辺諸国にも影響が出る恐れがある。カリブ海には日本と同じようにプレートの潜り込みと、それにともなう地震や火山の活動がある。

 かつて私はフランス・パリ大学に頼まれて、フランス海外県のカリブ海のグアドループ島とその周辺で地震や火山の研究をしたことがある。

 今回噴火したのはグレナディーン島にある火山で、グアドループ島ではない。しかしグアドループ島にも同名のスフリエールという火山があって、かつて噴火して大災害になったことがある。「スフリエール」は硫黄のこと。いくつもの山が同じ名前を付けている。

 カリブ海では、かつてグアドループ島と同じフランスの海外県マルチニーク島で20世紀世界最大の火山の悲劇が起きた。1902年に島の北部にある活火山プレー山(標高約1400メートル)が火砕流を出して、当時の県庁所在地だった人口約3万人のサン・ピエールをほとんど瞬時に全滅させてしまったのだ。

 火砕流は温度が1000℃ほどもあり、速度は新幹線よりも速い。助かったのは地下牢に収容されていた囚人など3人だけだった。

 火砕流の大きな被害は昔にもある。イタリア・ナポリ近郊の都市ポンペイは西暦79年に起きた近くのベスビオ火山(現在の標高1281メートル)から出た火砕流で町が壊滅して2万人のポンペイ市民のうち約2000人もが犠牲になった。

 このときには火砕流の被害だけではなかった。土石流も出て、ヘルクラネウム(現エルコラーノ)の町を埋めてしまった。

 今回のグレナディーン島でのスフリエール山の噴火も、大きな火砕流や土石流が出るのが恐れられている。これまでも複数回噴火していて、20世紀初めには1500人以上が犠牲になった。

 20キロメートルほどの小さな島なので島全体が火山灰に覆われてしまった。噴火は島の北部からだったが、南部にある国際空港も火山灰に埋まった。島内に逃げ場はない。船で隣の島に脱出する人が続出したのも、かつてのマルチニーク島やグレナディーン島などでの災害を思い出してのことだ。

 じつはカリブ海の島々は昔の噴火歴が怪しいものが多い。たとえばヨーロッパ人がマルチニーク島に最初に到来したのは17世紀になってからだった。このため、それ以前の噴火は正確には知られていなかった。ヨーロッパ人の入植後にプレー山は二回噴火したが、どちらも小規模な噴火だった。まさか1902年のような大災害が起きるとは誰も思っていなかった。

 地球の時間スケールと人間の時間スケールは違う。世界でも日本でも、昔に起きたが誰も知らない地震や噴火は地球にとっては、ほんの昨日の繰り返しの出来事なのだ。

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