島村英紀『夕刊フジ』 2015年4月17日(金曜)。5面。コラムその98 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

北海道でもオーロラ!! 大騒ぎ
『夕刊フジ』公式ホームページでの題は「オーロラを見て喜ぶ人の陰でピリピリする人たちもいる」

 「宇宙天気予報」というものがある。太陽から出る磁気と電気を帯びたガスの流れである「フレア」が地球に磁気嵐を起こす。その予報なのである。

 一般人には関心がないだろう。だがピリピリしている人たちがいる。

 1989年には米国やカナダにある発電所の機器に障害が発生して9時間もの大規模な停電になった。2003年には日本の環境観測衛星が利用不能になって数十億円もの損失を出した。ともに磁気嵐が原因だった。このほか宇宙空間で作業する宇宙飛行士の健康被害が出ることもある。近代文明にとって「宇宙天気」は脅威なのである。

 さる3月中旬にも強い磁気嵐が起きた。

 宇宙天気予報は太陽面での爆発を観測して出す。NASA(米国航空宇宙局)や、日本でも情報通信研究機構が出している。天気予報と同じく、当たることも、当たらないこともある。

 3月中旬に起きた磁気嵐は予報より約14〜15時間も早く始まったし、磁気嵐の強度も、当初の予報をはるかに上回る強さになった。つまり予報は当たらなかったのだ。

 この強い磁気嵐のため、北海道でオーロラが撮影された。肉眼では見えなかったが、デジカメには赤いオーロラが写っていた。現代のデジカメは肉眼よりも感度がずっと高いのだ。

 オーロラは極地方でなければ見えないものだが、太陽活動がとくに盛んで磁気嵐が強いときだけは低緯度でも見えることがある。ただし低緯度では赤いオーロラしか見えない。緯度の高いところで見えるような緑や黄色のあざやかなものは見えない。

 過去に日本では1958年2月に肉眼でも見える大規模なオーロラが見えたことがある。

 北海道では夜空が真っ赤になった。てっきり山火事が起きたに違いない、と消防車がサイレンを鳴らしてあちこちの林道を一晩中走り回って山火事を探す騒ぎになった。当時は宇宙天気予報はなかったから、何が起きたのか、消防署員は知らなかった。

 もっと前では1770年9月にも大規模なオーロラが日本各地で見えた。肥前国(長崎県・佐賀県)でも見えたという記録が残っている。

 そのほか1204年2月にオーロラが日本で広く見られた。鎌倉時代の公家・藤原定家の『明月記』に「北の空から赤気(せっき)が迫ってきた。その中に白い箇所が5個ほどあり、筋も見られる。恐ろしいことだ」とある。

 また日本書紀にも「赤気」の記述がある。推古天皇の統治時代だった620年に出たオーロラだと思われている。

 「恐ろしい」ものだったオーロラが広く日本人に「怖くないもの」として知られるようになったのは明治時代以降である。

 言葉も「赤気」ではなく、「極光」や「オーロラ」が使われるようになった。近年には、わざわざツアーで見に行く観光の対象になってきている。

 しかし、オーロラを見て喜ぶ人々の陰で、現代の文明を支える人たちが恐怖におびえているのである。


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