島村英紀『夕刊フジ』 2014年8月22日(金曜)。5面。コラムその65 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

スペインで実例、地下水が誘発する地震-----東京では水位が近年上昇

 上野駅の新幹線地下ホームには床に3万3000トンもの鉄板を敷き詰めてある。地下水によって上野駅が浮き上がってしまわないための重しを後から追加したものだ。

 東京駅も同じだ。ここでは総武線ホームが地下5階なのに地下水位は地下3階付近まで上がってきている。こちらは鉄製おもりを置いただけでは足りなくて1999年には130本もの「グラウンドアンカー」というものを地中に打ち込んで浮上を止める工事が行われた。

 それだけではない。千代田区にある東京駅から品川区の立会川まで地下に導水管が敷設されて、地下水を放流している。立会川は典型的な都市型中小河川なのでふだんは水量が少なく、そのため悪臭を発生するのが問題だったから助かったことになる。

 しかしJRはもっと「助かった」。もし東京駅近辺で下水に放流したら多額の下水道料金を払い続けなければならなかったからである。上野駅でも湧出地下水を近くの不忍池(しのばずのいけ)へ導水管を使って放流している。

 もともと東京は江戸時代以前から地下水が豊富だった。それゆえ都市が発達できたのだ。

 しかし工業用地下水など大量に汲み上げが続いて「ゼロメートル地帯」が増えるなど地盤沈下の問題が深刻になった。

 このため1961年以降、地下水の揚水や水溶性天然ガス採取が厳しく規制されるようになった。

 その結果、問題だった地盤沈下は止まった。だがそれとともに、いままで下がり続けていた地下水位が近年、各地で上がってきているのだ。

 上野駅や東京駅近辺だけではない。墨田区で45メートル、新宿区で39メートル、板橋区で60メートルなど、軒並み数十メートルも地下水位が上がってきている。

 このため地下建造物、つまりトンネルやビルの地下構造部に流れ込む湧水も増えている。ほとんどのところでは汲み上げて下水に流すしかない。これら湧水は東京ドーム約900杯分。東京都が2012年度に徴収した下水道料金の総額は約1700億円にものぼった。

 ところで地下水位の変化がスペインで地震を起こしたことがある。襲われたのは同国南東部ムルシア自治州にある人口約9万人の地方都市ロルカ。この都市を中心に地下水の汲み上げが続いて地下水位が1960年代から約250メートルも低下していた。

 これにともなって地盤が沈下することで年々ゆがみがたまり、地下水を汲み上げていない北側の地盤が乗り上がる逆断層型の地震が起きたのだ。

 地震は2011年5月に発生。建物が倒壊して9人が死亡したほか百人以上の負傷者が出た。マグニチュード(M)は5.1だったが震源の深さは2 - 4キロとごく浅い直下型地震だった。そのため地震の規模のわりに被害が大きく、スペインでは1956年以来の被害地震になってしまった。

 地下水は地下に大きな力をかける。その地下水の量が変化することで地震が誘発されることは十分に考えられる。

 東京の地下水位の低下が止まって、近年上がってきたことが、東京の直下型地震にとって吉と出るか凶と出るか、地震学者は気になっているのだ。

(写真は丸の内側の東京駅全景。2014年7月。島村英紀撮影)

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