島村英紀『夕刊フジ』 2014年7月18日(金曜)。4面。コラムその60 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

避難者3%・・津波過大予報は役所の”保身"

 先週の7月12日の早朝4時すぎ、東北地方一帯に津波注意報が出た地震が起きた。

 震源は福島県沖、マグニチュード(M)は6.8だった。これは東日本大震災(東北地方太平洋沖地震=2011年)の余震で、昨年10月26日のM7.1以来の大きめの余震だった。このクラスの大きさの余震は、東日本大震災以後9個目である。

 東北地方太平洋沖地震はM9。いままで世界で起きた大地震の例だと、余震は数十年以上も続くことが多い。また最大の余震はMが本震よりも1ほど小さいものが起きた例が多い。

 その意味では、東日本大震災の余震はこれからも続くし、中には大きなものも起きる可能性はまだ残っている。

 今回の震源は福島県いわき市の沖140キロ。陸からは遠かったので、陸地での最大震度は4だった。もし震源がもっと陸に近ければ震度はずっと大きくて被害も大きかった可能性が強い。

 地震の4分後の4時26分に気象庁は福島、岩手、宮城の3県に津波注意報を出した。「福島では4時40分、宮城と岩手では4時50分頃から予想される津波の高さ1メートルの津波の第1波が到着する」というものだった。1メートルとは「養殖いかだが流失し小型船舶が転覆する」津波だ。

 これを受けて岩手、宮城両県では合わせて9市町村が避難指示か避難勧告を出した。勧告の対象は少なくとも計約1万1千世帯、2万6千人に上った。なぜか福島県内では指示、勧告はいずれも出なかった。

 気象庁の発表を受けてラジオやテレビでは津波注意報を流し「第一波がたとえ小さくても後から大きい津波が来ることがある」と繰り返し注意をうながした。

 しかし、実際に避難したのは全体の3%ほど、わずか858人だったことが報道されている。

 そして実際の津波も岩手県大船渡市と宮城県石巻市鮎川で20センチ、あとのところはそれよりもずっと小さかった。

 じつは東日本大震災の大きな余震としてはひとつ前の昨年10月26日のM7.1のときも、岩手、宮城、福島の3県のほか、茨城県や千葉県の九十九里や外房にも「最大1メートル」という津波注意報が出た。だが実際に来たのは岩手と宮城でせいぜい30センチ、茨城と千葉では検知できないほどだった。

 前にもこの連載で書いたことがあるが、津波注意報や津波警報が信用できないことが繰り返されてきている。

 お役人にとっては大きめな予報を出し、避難を指示すれば、もし大きな津波が襲ってきたときの「保身」には役立つだろう。

 しかし、いちばん影響を受けるはずの海岸近くに住む人々が、繰り返される過大な予報に「慣れてしまう」のは、科学的で正確な津波予報が出来ていないせいなのである。

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