盗まれた標石、科学の意外な落とし穴
アイスランドでは、見晴らしのいい丘の上に「+」の印の着いた金属棒や金属板や標石が取り付けられている。これらはアイスランドで生まれているユーラシアプレートと北米プレートの動きを測定するために測器を置く目印である。(右写真はアイスランドで。画面下部中央の短いステンレス棒が標石である。なお左側の木の柱は、標石を探しやすくするための目印。島村英紀撮影)
科学者がときどき訪れて、その「+」の印の正確な位置を測る。これを繰り返すことによって、プレートの動きが知られるのだ。
だが、ほかの国ではアイスランドでは起きないことが起きる。
アフリカの東部の国々を縦断して「大地溝帯」(だいちこうたい)がある。ここは将来、アフリカ大陸が二つに割れて大西洋のような海になるところなので、世界の地球科学者の注目を集めている。
私の同僚の科学者がここで標石を設置した。年に何センチかの割合で地面が割れていっているはずなので、また来たときに測定して変動を記録しようというわけである。
標石そのものは、何の変哲もない石の短い柱だ。上の面だけを残して、全体を地面の中に埋める。
ところが、この標石が消えてしまった。
大それた「犯意」があったわけではない。標石を埋める作業を地元の人たちが隠れて見ていた。よほど大事なものを埋めたに違いないと思ったのだろう。調査隊が帰ってから掘り出したものだと思われる。
短い石の柱だけのはずがないと思ったに違いない。その下、何もないところを何メートルも掘り返してあったそうである。
同じアフリカの大地溝帯の北部、別の国では私の知人のパリ大学のフランス人科学者が地震観測をしていた。
ところがある日、地震記録がストップした。調べてみたら地震計のセンサーから記録器まで這わせていた信号ケーブルが切り取られていたのだ。
ケーブルはラクダの手綱になっていたのだった。銅の撚り線を塩化ビニールで覆ったケーブルは子供の指ほどの太さだ。しなやかで丈夫だし、見栄えもいいから、ラクダの手綱としては最高の材料であろう。
アフリカには限らない。前の連載に書いたように、パキスタンで2005年にマグニチュード7.6の大地震が起きて9万人以上の犠牲者を生んだ。
この大地震で地盤が大幅に緩んで地滑りが起きることが心配された。二次災害である。
このため、細い金属ワイヤーを張って、そのワイヤーの張力から地滑りを検知しようという観測器が日本の援助で設置された。
だが、日本の科学者が1年後に現地の機械を見に行ってみたら、そのワイヤーは地元の人たちの洗濯物干しになっていた。水平に長く張られたワイヤーは、洗濯物を干すためには理想的だったのであろう。
3年後にまた訪れてみたら、ワイヤーは消えていた。金属材料として売り払われてしまったに違いない。
科学にとっての落とし穴は意外なところに潜んでいるのだ。
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