島村英紀『夕刊フジ』 2023年4月7日(金曜)。4面。コラムその487「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」
「噴火のデパート」富士山の不気味な予兆
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「「噴火のデパート」富士山の不気味な予兆 3世紀前の噴火の前に何があったのかの記録なく…的確な警報が出せるとは限らない」
先月29日、神奈川、山梨、静岡の3県は関係機関を交えて「富士山火山防災対策協議会」を開催して「富士山火山避難基本計画」を公表した。
富士山は18世紀に噴火して以来、300年間噴火していない。しかしどの火山学者も未来永劫に富士山が噴火しないとは思っていない。
もちろん、こんなに長い間噴火がないのは喜ぶべきことだが、3世紀前の噴火の前に何があったかの記録がまったくないのはある意味では困ることだ。
じつは、この数年来、富士山には不思議なことがたくさん起きている。河口湖の水位が異常に下がったり、富士宮市の住宅地で水が噴き出した。だが、問題は、これらの異常がどこまで行ったら次の噴火が起きるのか、という経験が全くないことなのだ。
富士山は「噴火のデパート」と言われる。
過去にいろいろなタイプの噴火をしてきた。この次にどんな噴火が起きるかは分からないのが富士山なのである。
噴火口が山頂なのか、東西南北どこかの山腹なのかによって噴火の影響は大幅に違ってしまう。
2021年3月にハザードマップが改定されたが、ハザードマップも、今回の「富士山火山避難基本計画」も、どうしても網羅的で「モグラたたき」のようになる。どこに出てくるかわからない相手に対応するようなものだ。結果として総花的になってしまう。
気象庁は観測に全面的に頼って地元に警報を出したり下山を指示したりする予定だが、前兆らしきものがあったとしても、噴火しない例が、岩手山や磐梯山をはじめ日本でも世界の火山でも多い。
つまり、富士山の場合にも、噴火の前に予知して的確な警報を出せるとはけして限らないのである。
最後の噴火は、いきなり爆発的な大噴火として始まった。2時間で江戸に火山灰が降ったという記録がある。降灰も山麓で50センチ以上、首都圏は2センチ以上積もる可能性もある。
富士山から新宿までは100キロもない。いまは江戸時代よりも新宿より西ではるかに人口が多い。
コンタクトレンズや様々な交通機関やコンピューターのハードディスクなど火山灰に弱いものも江戸時代にはなかったのだ。
つまり神奈川、山梨、静岡の3県と首都圏にも被害が及ぶかも知れない。
ちなみにいちばん最近の噴火は、富士山の三大噴火のひとつで、地元で大きな被害を生んだだけではなく首都圏でも火山灰の被害が出た。しかも南海トラフ地震の先祖の地震の直後だった。
過去に富士山から火砕流が出たこともある。火砕流は新幹線の速さだから逃げられない。イタリア・ポンペイや雲仙普賢岳の悲劇を思い出させる。しかし今度、火砕流が出るかどうかは分からない。
噴火してもほとんどが関係がない多くの住民にとっては「モグラたたき」は迷惑かもしれない。
富士山は火山学者にとってだけではなくて一般人にとっても、とても厄介な火山なのである。
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