島村英紀『夕刊フジ』 2023年3月17日(金曜)。4面。コラムその484「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 


世界の4人に1人が洪水直面の危機

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「世界の4人に1人が洪水直面の危機 低中所得の国々ばかりではない、ドイツやフランスや英国でも被害」

 前の年2022年は洪水の年だった。

 パキスタンで国土の3分の1が水に漬かった。死者は1500人を超えており、全人口の15%に当たる3300万人以上が家を追われた。


 パキスタンの洪水はモンスーンによる豪雨と、熱波に続く氷河の融解の影響によって引き起こされたと言われている。


 そのほか、インド北東部やバングラデシュでも歴史的な大洪水が起きて1000万人単位の人々が被災した。パキスタンと同じ原因だと言われている。


 洪水の危険性がある地域に住む人々の89%、つまり大半は南・東アジアやアフリカといった低・中所得の国に集中している。


 世界の海面は気候の温暖化による海水温の上昇と氷河の融解によって上昇を続けている。アジア沿岸部にある巨大都市でも洪水の危険が高まっている。


 しかもこの2月に発表された論文では、これに加え、エルニーニョ現象などの自然変動による海面上昇が今まで過小評価されてきた可能性を指摘している。


 危険性が高いのはフィリピンの首都マニラのほか、タイの首都バンコク、ベトナムの最大都市ホーチミン、ミャンマーの最大都市ヤンゴン、インド南部チェンナイと東部コルカタのほか西太平洋やインド洋西部の島だ。海面上昇で影響を受ける住民はインドだけで3000万人近く、アジア全体の巨大都市を合わせると5000万人を超える。


 たとえばフィリピン・マニラの沿岸部で今後100年のうちに起きる洪水の頻度は、今度新たに分かった気候変動の影響で18倍に増えると想定される。いままで言われていた変動に自然変動の影響を加えると、頻度は最大で96倍にはね上がる計算になるという。


 洪水は備えがあれば防げると、いままでは考えられて来た。


 たとえば最大の洪水リスクにさらされている国はオランダで、人口の60%が13センチ以上の洪水リスクのある地域で暮している。オランダは、1000年に一度の洪水にも対応できる世界最高の洪水防止システムが完備された国でもある。


 一方、ベトナムのような国は、うまく洪水に適応するための手段が整備されていない。国中に堤防が建設されているものの、それで対応できるのは30年に1度クラスの洪水で、それ以上の洪水になれば大きな被害が出るだろう。


 しかし近年の洪水は低中所得の国々ばかりではない。ドイツやフランスや英国でも大きな洪水が起きて被害を生んだし、米国南部で起きた洪水は記憶に新しい。米国のような高所得国でも1億9300万人が洪水リスクに直面しているのだ。


 じつは世界の4人に1人が100年に1度、つまり人生に一度の洪水が起きる地域に暮している。研究を行った188ヶ国のうち、洪水リスクにさらされている人口の割合が1%未満なのはわずか9%の地域だけだ。


 地球の温暖化によって海水が増え、温暖化で雨が増えることによって、これからも洪水が増えるだろう。


 世界的に洪水の危険が増す時代に入ったのである。

 

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