島村英紀『夕刊フジ』 2023年2月3日(金曜)。4面。コラムその479「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 


地震予知の代役にはならない・・緊急地震速報「連続取消」

『夕刊フジ』公式ホームページの題も「地震予知の代役にはならない…緊急地震速報「連続取消」」


 緊急地震速報は、震度5弱以上を地震計で捉えると、まだ揺れが伝わっていない地域に警戒を呼びかける仕組みだ。

 警報が発表された地域にいると携帯電話から警報音が鳴り、安全な場所に身を寄せるなどの緊急の行動が求められる。

 勘違いしている人もいるが、地震予知ではない。恐れられている南海トラフ地震が起きたときに、横浜で10秒ほど、東京でも10数秒しかない。しかも遠くなれば揺れも小さくなるから、20秒以上になるところで知らせてくれても警報の意味がなくなってしまう。

 このため一刻を争って出さなければならない。

 この緊急地震速報の影響は大きい。2013年には速報の誤報で大阪駅では乗客の携帯電話から緊急地震速報メールの受信音が一斉に響いた。関西ではめったになかった速報だけにパニックになった人たちもいた。鉄道だけではなかった。この速報が伝わったとたん、円がドルに対して一時3円も急上昇した。

 この1月18日、インドネシア付近で発生した地震を気象庁の緊急地震速報のシステムが沖縄県や台湾付近が震源の地震と誤り、緊急地震速報が2回、発表された。

 気象庁は、その後の分析でインドネシア付近で発生した地震が原因だと分かった。どちらも取り消す羽目になった。

 インドネシア付近の地震はマグニチュード(M)7.2と比較的大きく、震源に近い沖縄県に地震波が到達したので、システムが自動的に震源を誤って判断したのだろう。

 他方、2011年の東日本大震災では緊急地震速報が出されたのは東北地方に限られ、強い揺れに襲われた首都圏には発表されなかった。

 東日本大震災は、マグニチュード(M)9の地震だった。このような巨大地震が起きたときには、震源断層の破壊は数分間続く。この破壊がすべて終わる前の破壊の初期段階でMを算出すれば、実際よりも小さく出てしまうのだ。

 このため、当時気象庁は、未曾有の巨大地震のマグニチュードを過小評価してしまった。関東などには緊急地震速報が出されなかった理由の一つだと思われる。

 この欠陥のため気象庁では2018年から「PLUM法」を導入する改良を行った。PLUM法とは、震源や地震の規模の計算から強い揺れが来るエリアを予測する従来の手法とは違って、実際に観測した揺れから、その他のどのエリアに強い揺れが来るのかを予測するという手法だ。

 しかし今年に沖縄で味噌をつけることなった。

 この仕組みには根本的な弱点がある。直下型地震には対応できない仕組みになっていることだ。

 直下型地震では震源は真下にあり、いちばん近い地震計が地上にあるために、肝心の震源近くで揺れが強いところでは速報が間に合わない。

 緊急地震速報がうまく働いたとしても、走っている新幹線はその時間では完全に停止することは出来まい。工場でも大きな機械を短時間で止めることは不可能だ。手術中の病院でも、これだけの時間では手術を止めることはできないだろう。

 緊急地震速報は地震予知の代役にはなれないのである。

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