島村英紀『夕刊フジ』 2022年9月16日(金曜)。4面。コラムその461「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

南海トラフ地震発生確率「70〜80%」に疑義

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「南海トラフ地震発生確率「70〜80%」に疑義 「時間予測モデル」と「単純平均モデル」の問題点

 海溝沿いの地震予測の数値は、南海トラフ地震をはじめ、首都圏を襲う相模トラフ沿い、千島海溝など全国6カ所で発表されている。

 これは地震調査研究推進本部が決めて発表したものだ。南海トラフ地震は30年確率で最近70%から上げられ、70〜80%になった。

 しかし、南海トラフはその中で唯一「時間予測モデル」という手法を使っていることは案外、知られていない。時間予測モデルとは過去の地震の時期と規模から次を予測するものだ。大きな地震の後は次の地震までの間隔が長く、小さいと間隔が短いという説に基づいている。もともとは1980年に島崎邦彦東京大学名誉教授が提唱したもので、高知・室津港を管理していた江戸時代の役人の測量値を元データにしている。南海トラフ地震では宝永(1707年)、安政南海地震(1854年に二つ)、昭和東南海地震と昭和南海地震(1944年と1946年)から単純に計算すれば、次の発生時期を計算上2034年と試算している。

 ここには二つの問題がある。ひとつは時間予測モデルが正しくはないという結果が出ていることだ。米国・パークフィールドで正確に20〜25年ごとに地震が起きていて、2001年にはいよいよということで学者が待ち構えていたが、地震は起きずに空振りになったことに端を発している。

 もう一つは計算が室津港を管理していた江戸時代の役人の測量値を元データにしていることだ。ところが、室津港で江戸時代に毎年のように工事が繰り返されていた。人工的に港の深さが変えられた可能性がある。

 地震学者は当初から70%以上ということには疑いがあった。時間予測モデルを使わなければ、20%というのが妥当なところだ。どこで地震が起きるか分からない日本の他の場所で地震が起きる確率なみの数字である。地震の発生間隔を平均した「単純平均モデル」を使うと70%以上が20%程度に落ちる。

 しかし地震調査研究推進本部の会議に同席していた防災学者は猛反対した。20%では低すぎて、南海トラフ地震の予算が取れない、というのである。意図的に南海トラフの確率を高く見せて防災を促すことに地震調査研究推進本部は舵を切った。この結果、年間で約80億円もの予算が配分されることになった。

 しかし南海トラフ地震だけを高くした影響は出ている。2016年に熊本地震が起きた熊本県や2018年に地震が起きた北海道・胆振東部地震は発生前、南海トラフに比べて発生確率が低いとした企業誘致をしていた。低い地震確率を根拠に災害リスクが低いと宣伝している自治体は他にもある。確率が低く見える地域に油断が生まれ、被害を拡大させたかも知れない。最近も2016年北海道・内浦、2016年鳥取中部、2019年山形沖、最近の能登地方と、地震調査研究推進本部が30年内に震度6弱の確率が3%未満としていた場所で震度6弱が4回も起きている。確率3%以下の地震が4回も起きる確率は0.0001%よりも低い。

 地震学的には「次の大地震」がどこを襲うか、なにも言えない。南海トラフ地震も近々起きるかも知れないのである。

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