島村英紀『夕刊フジ』 2022年9月2日(金曜)。4面。コラムその459「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

巨大な水柱は温泉だった

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「「巨大な水柱」は温泉だった 高さ40メートル、北海道長万部町に観光客が殺到 野菜や花が黒く変色、騒音対策も」

 8月8日に高さ40メートルに及ぶ巨大な水柱が立った。北海道南部の長万部〔おしゃまんべ)町の飯生(いいなり)神社の構内の林の中のことだ。多い日には4000人もの観光客が集まっている。

 水柱は2週間たっても消えず、近くの住宅ではこの水柱の音は55デシベル、これは走行中の車の中の音と同じだ。いまの騒音対策では住民が眠れないとの苦情が出ている。家庭菜園のトマトや花が黒く変色するなど地元で騒ぎになっている。

 地元の長万部町は、優先すべきは人体に毒性のあるものが出ていないかどうか、それに騒音対策に取り組んでいる。

 幸い、噴き出しているのは水温21.5度の温泉水であることが分かった。この水には微量のヒ素が含まれているが、基準値を下回っていて身体に害はない。周辺への大きな被害もない。

 新たに噴き出し口に防音シートを設置し騒音の対策に乗り出した。初めは高さ2メールだったが。効果が薄いということで高くした。しかし、防音壁を高くしても十分ではないとの声が上がっている。

 同じ北海道南部の鹿部(しかべ)町では温泉を吹き上げる間欠泉が有名だ。しかし鹿部町のは十数分間隔で熱湯が噴き上がるものだ。だが、今回のように連続して巨大な水柱が上がるものではない。

 ともに東日本火山帯にある。太平洋プレートが潜り込んで地下約100キロメートルのところでマグマが生まれて上がってくる場所だ。

 長万部町で噴出している場所には1958年から翌年にかけて天然ガスや温泉を探すために堀った深井戸がある。深井戸は経済的には引き合わないので諦めたが、水はその付近から出ている。1961年には天然ガスと油が2日間噴き出したことがあったという。老朽化で井戸が損傷して、ガスと地下水が噴出した可能性もある。

 私の同僚だった陸水学の研究者は日本の「温泉法」を決める立場にあったのだが、最近の法変更で一番の違いは「鉱泉」と「温泉」の区別をなくしたことだという。その土地での年間平均気温よりも源泉の温度が低いものは鉱泉とし、温泉ではないという縛りをなくしたことだ、と言っていた。

 これで各地の鉱泉は温泉に昇格することになった。沸かし湯でも温泉と称されることが許されるようになったのだ。

 現在の温泉法では「温度が25度以上」または「一定量以上含む」と定められている。成分とは19種類もあり、地下深くからくみ上げた水にはたいてい含まれているものだ。

 これに対して諸外国では温泉かどうかの基準は源泉の温度だけを基準にしている。年平均気温を基準として温泉かどうか判断しているのだ。英国、フランス、ドイツなど西ヨーロッパ諸国では20度が、米国では21.1度が源泉温度の基準である。米国の温度が半端なのは華氏70度を使っているからだ。

 温泉天国ニッポン。温泉の認定に甘いのは国是なのだろう。

 長万部町は、そもそもこの噴出がいつまで続くか分からないこともあって、現時点で温泉を開発する計画はないという。

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