島村英紀『夕刊フジ』 2022年8月26日(金曜)。4面。コラムその458「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

キュリオシティー、火星着陸から10年

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「火星着陸から10年 探査機キュリオシティー、大小の「事故」に見舞われながらも表面を調査」

 あとから打ち上げた火星探査機「インサイト」が有名になったが、その陰で「キュリオシティー」が探査を始めてから10年たった。ともに米国NASA(航空宇宙局)が打ち上げたものだ。

 インサイトは2018年11月に火星のエリシウム平原に着陸。火星の赤道に近くて比較的平坦な場所だ。同機は地球物理学的な探査を担い、ナゾだった火星の中心には溶けたコアがあることが分かった。地震計を使った火星深部の調査はインサイトの独壇場だった。

 これに対してキュリオシティーは地質学的な表面の調査で、やはり赤道付近にある「ゲールクレーター」に着陸した。最大の成果はゲールクレーターに数千万年以上にわたって液体の水があったことを明らかにしたことだ。液体の水は有機物などとともに、生命に不可欠な物質だ。このクレーターにはかつて湖が存在し、湖の大きさは時代によって変化していたことが分かった。

 そのほか、この10年間で、岩石と砂のサンプルを41個分析し、火星の衛星フォボスとダイモスの太陽面通過を観測したり、将来の有人火星探査に備えて火星表面の放射線量を測ったりした。

 インサイトの寿命は太陽電池を電源にしているが埃のために3年余だが、他方、キュリオシティーは原子力電池を使っているから10年たっても使えるので、あと3年の延長が決まった。この原子力電池はプルトニウムが崩壊するときの熱を利用するものだ。

 原子力電池を積んでいるとはいえ、プルトニウムの崩壊が進むにつれて1日に活動できる量は最初よりも短くなった。このため探査機が毎日使う電力量を計算し、なるべく複数の作業を並行して行うようにしている。

 キュリオシティーは10年間で約29キロメートル走行し。着陸地点から標高にして625メートル登った。10年では少ないと思うかもしれないが人間がまだ知らない土地ではこんなものだろう。

 この間、大小の「事故」があった。手の届かないところで、しかも電波が届くのに片道10分以上かかるだけに難しさは想像を絶する。車輪のアルミホイールのひび割れもそのひとつだ。以後は予防のため凹凸を乗り越えるときに車輪のスリップを防ぐトラクションコントロール機能もプログラムに組み込んだ。岩石に穴を開けるドリルの繰り出し機構が故障したときには、ドリルを使う探査を1年以上休んで穴開けの方法を変更した。

 現在、キュリオシティーはゲールクレーター中央のアイオリス山(高さ約5キロメートル)を登り続けている。目的は、いろいろな時代に作られた堆積岩を調べることだ。表面に水があった時代には堆積物が積み重なっていったはずだ。かつて湖底で作られた堆積岩が後に侵食作用を受けて断面が露出したと考えられ、変化した昔の火星の環境を知ろうというわけだ。

 この後の3年は、水が失われた後に作られた硫酸塩が多く残されている場所を調査する。

 火星で生命に適した環境が失われて二度と復活しなかったのか、あるいは数百万年ごとに現れたり消えたりするのか、新しい発見が得られるかもしれない。 

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