島村英紀『夕刊フジ』 2022年8月19日(金曜)。4面。コラムその457「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

噴火予知も噴火警戒レベルも難しい

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「噴火予知も警戒レベルも難しい 111カ所ある活火山にそれぞれの個性、データの応用できず」

 2022年7月24日の夜、気象庁は鹿児島・桜島で噴火警戒レベル5(全員避難)を出した。

 7年ぶりの5の発令で、地元はもとより日本中が騒然となった。桜島は1914年に大噴火して死者約60人に出したことがあり、その再来かと思った人も多かった。夜に警報が出されたので、住民は夜中の避難を強いられた。

 噴火警戒レベル5は設定してから2度目。九州南方の口永良部島で2015年に出して全島避難して以来だ。

 桜島をずっと見てきたオームドクター、京大防災研・桜島観測所の井口正人先生は「このくらいの噴火は特別なものではない。桜島ではよくある」という。

 気象庁がレベル5を出したのは火口から大きな噴石が2.4キロメートルを飛んだことだった。気象庁は高感度カメラの映像だと言うが、噴石はその後も見つかっていない。大きな被害もなく、3日後にレベルは元の噴火警戒レベル3(入山規制)に戻された。以後も特別な噴火は起きていない。

 2015年夏にも気象庁が異例の発表で「噴火警戒レベル4の特別警報」を出した。桜島ではレベル4への引き上げは初めてだった。地元では住民の避難を開始したが、噴火は起きなかった。

 噴火警戒レベルの話は長野・岐阜県境の御嶽に飛ぶ。死者行方不明者が63人に上った2014年の御嶽噴火を巡る訴訟の7月の判決では長野地裁松本支部が噴火警戒レベルを上げなかった気象庁の判断を違法だと断じた。

 噴火警戒レベルは各火山で5段階で設定されている。気象庁は御嶽の噴火時にレベルを1(平常、当時)としていたが、訴訟では2(火口周辺規制)に引き上げなかった判断が争点になった。

 桜島、御嶽、ともに噴火予知も噴火警戒レベルも難しい。いや、この二つの火山だけではない。活火山111はそれぞれ個性が違って、1つの火山で成功した予知でも他の火山には応用できない。

 しかも、多くの火山は短くても数十年、長ければ数百年から数十万年ごとにしか噴火しないためにデータが少ないのが現状だ。近年、噴火が何十回も繰り返した長野・群馬県境の浅間山や桜島はむしろ例外である。

 しかも「前兆」があっても噴火しなかったケースも多い。1997年から2004年にかけての岩手山、2000年の会津磐梯山は火山性地震などがあったが噴火しなかった。

 2007年12月に気象庁の噴火警戒レベルが導入された。しかし同時に、それまで各火山に張り付いていた大学のホームドクターをやめさせて噴火予知を大学から気象庁が強引にもぎ取ったことになった。学者にも地元にも危惧があった。北海道・有珠(うす)火山の岡田弘先生(北海道大学)、九州・雲仙普賢岳の太田一也先生(九州大学)など、ホームドクターとして有名な先生が多くいた。

 気象庁に火山の専門家が多数いるのならいい。実際には火山の専門家はほとんどいないスタートだったのだ。

 気象庁は御嶽山噴火の災害後、火山の研究者を5人採用し、監視職員らを数十人ほど増員した。

 これで噴火警戒レベルは飛躍的に進歩すればいいのだが。

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