島村英紀『夕刊フジ』 2022年8月5日(金曜)。4面。コラムその456「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

天体観測の害「長時間露光と宇宙ゴミ」

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「天体観測の害「長時間露光と宇宙ゴミ」 国際天文学連合、ますます人工衛星が増える事態を憂慮」

  国際天文学連合(IAU)が、夜空を守るための新たな会を設立した。ますます人工衛星が増える事態を憂慮したのだ。

 実際、宇宙を観測する能力が著しく害されるところまで来ている。

 多くの衛星があることの問題は、光学や電波による観測を邪魔している。とくに影響を受けているのは可視光での長時間露光だ。発表される論文では、たそがれ時に撮影された画像に衛星による光跡が映り込むことが劇的に増えている。

 これは天文学だけでない。地球の防衛にとっての問題でもある。地球に向かってきている脅威となる天体を検出するのに、夕暮れと夜明けの地平線の観測は欠かせない。

 また衛星による電波の干渉で、たとえば宇宙マイクロ波の背景放射などを研究しにくくなる可能性もある。

 一方、ロケットの打ち上げと衛星の建造コストはかつてないほど低くなった。多くの衛星を打ち上げる計画としては、有料顧客にブロードバンドのインターネットを提供するための民間企業による「衛星コンステレーション」の活用がある。宇宙への競争で先行しているのはスペースXで、イーロン・マスク氏が推進している。現時点で2000基以上の衛星を打ち上げていて、少なくともあと2400基を打ち上げる計画だ。英国のワンウェブもジェフ・ベゾス氏も同じことをするつもりだ。つまりこれらの計画だけでも数千以上の衛星が増えることになる。

 光害や干渉といった宇宙の問題では天文学者と規制当局は立ち遅れている。現時点ではルールはないに等しい。

 しかも衛星を打ち上げたときや役目を終えたときに生じる宇宙ゴミ、「スペースデブリ」の問題もある。

 いま地球を回っている衛星を打ち上げたときのロケットは約1500あるが、そのうち7割以上は制御不能に陥っている。

 時あたかも中国が打ち上げた大型ロケット 「長征5号B」の残骸が7月31日未明にフィリピン近海に落下した。

 このロケットは7月24日に打ち上げられた。宇宙ステーションの実験モジュールの「問天」が搭載されていて、宇宙ステーションの基幹施設「天和」とのドッキングに成功したものだ。
 
「長征5号B」の残骸は21トンある。燃え尽きずに地表に落下するのは質量の20〜40%ほどと思われていて、長征5号Bでは5〜7トンの金属の塊が落下してくる可能性がある。

 中国当局は「地球の70%近くは海で、陸でも人が住んでいるところは少ない」と楽観視している。

 しかし2020年に中国の大型ロケットの部品である金属片が、西アフリカ・コートジボワールの村に被害を出したこともある。幸い死傷者はいなかった。

 最近の研究によれば、今後10年で宇宙ゴミによる死傷者が1人以上出る確率を10%だと見積もっている。これは打ち上げるロケットの数と、地上の人口分布を考慮に入れた数字だ。

 宇宙の時代が幕を開けてから50年。いままでは宇宙から来る人工物の落下では死者や怪我人がいなかった。これからは違うだろう。

この記事
  このシリーズの一覧


島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ