島村英紀『夕刊フジ』 2022年7月15日(金曜)。4面。コラムその453「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

五重塔は地震で倒れない 「心柱制振」スカイツリーにも応用

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「五重塔は地震で倒れない!? 日本独自の建築技術 「心柱制振」スカイツリーにも応用」

  五重塔や三重塔は背が高く、いかにも地震に弱そうだ。だが、五重塔や三重塔の木塔は全国に500以上あるが、火災で消失したことはあっても、地震で倒れたことはない。

 1995年の阪神大震災でも多くの家屋やビルが倒れたが、兵庫県内にある15基の三重塔は1つも倒れなかった。県内には五重塔はなかった。

 これは地震に何度も遭った経験から来た建築の知恵と言うべきものだ。じつは塔の中心にある「心柱」(しんばしら)がまわりから浮いた作りになっている。この浮いた心柱が、地震や強風に遭ったときに塔の揺れを抑える方向に働くのだ。

 心柱は檜(ひのき)のことが多いが、五重塔は高さがあるので5本、6本継ぎのこともある。

 心柱の周囲は吹き抜けになっていて、階段さえもなく、各階の庇(ひさし)とは直接つながっていない。心柱が他の構造と接しているのはいちばん上の屋根の部分だけである。塔の中心に心柱があり、頂部に長い相輪が取り付けられている。ある階の庇は下の階の庇に間接的に乗っているだけで、構造は階ごとに独立している。つまりこれら木塔は「緩く」作られた構造物なのである。

 五重塔の総重量は1000トンを超える。各階の庇は上にいくほど、小さく軽くなっている。このことは地震対策に大事な役割を果たしている。大きな地震が来ると、重量が違うために各階がずれて揺れる。各階は地震のとき、しばしば逆向きに振動し、各階の揺れは塔全体としては打ち消しあうのである。

 この木塔に使われた建築技術は、朝鮮半島にも中国大陸にもない日本独自のものだ。仏像、仏具、陶磁器など多くのものが仏教とともに朝鮮半島から渡ってきたが、木塔の建築技術だけは受け継がなかった。仏教は6世紀後半に伝わったといわれているが、頻繁に地震が起きる国には、建築技術としては別の建築様式が採用されたのだ。

 世界一古い木造建築物は奈良・法隆寺だ。1300年前に建てられた。

 しかし腐食などで木材の劣化が進むと、地震の大きな揺れに耐えることが困難になる。このため法隆寺でば13世紀、17世紀、20世紀に大規模な解体修理が行われた。法隆寺に限らず、保守管理が重要なのである。

 五重塔の構造には釘が使われていない。すべて継ぎ手や仕口によって接合されているので、解体修理が簡単にできる。このことは、最初の設計時から解体修理のことまでを念頭において作られたということでもある。

 この五重塔の構造は専門用語で「質量付加機構」といい、この仕組みを使った地震対策は「心柱制振」と呼ばれる。

 近年にも2012年に完成した東京スカイツリーに応用されている。高さ634メートルあり、塔としては日本一だ。

 スカイツリーでは中心を階段室という非常階段が貫いていて上部にある展望台とつながっている。階段室が五重塔の心柱に対応していて、周囲の鉄骨造の塔体とはオイルダンパーで「緩く」つながっているだけだ。

 つまり、日本では1000年以上前に地震対策としての「心柱制振」を完成していたのである。

この記事
  このシリーズの一覧


島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ