島村英紀『夕刊フジ』 2022年6月10日(金曜)。4面。コラムその448。「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」
新しい地震被害 取り残される災害弱者
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「新しい地震被害、取り残される災害弱者 首都圏に多くの木造住宅密集地帯」
同じ程度の地震でも、いままでになかった被害が出ることがある。
その一つがタワーマンションだ。30階分以上もの階段を上り下りしたことがある人はいないに違いない。エレベーターはそれほど便利で生活の一部になっている。
しかし、災害時にエレベーターが止まったら荷物を持って階段を上り下りするのは難しい。エレベーターが被災地で一斉に止まれば点検に時間がかかり、復旧に1週間以上かかるケースも想定される。エレベーターだけではない。トイレも使えなくなるかもしれない。
高層階に住む住民は外に出られないので、食料や水や日用品などの備蓄は、1戸建ては3日分を推奨してきたのに対して、備蓄は最低でも1週間分が必要になる。
もう一つは帰宅困難者だ。長距離通勤者が増えて、いままでになかった被害が出る。東京だけでも300万人に達するが、東京に限らず大都会では共通の悩みだ。
災害から取り残されるのはそれだけではない。そのほかに地震弱者は多い。
関東地震の前に首都圏を襲った大地震は1855年の安政江戸地震だった。そのときに発行されたナマズ絵には、地震で失うものが多かった金持ちを地震ナマズが襲う風刺画がある。だが、現在の地震の災害弱者は庶民なのである。
東京都の防災会議地震部会は「1981年基準の新耐震基準100%を達成した場合で揺れによる死者数は約6割減る見通し」だとあっさり言うが、ここには大きな問題が残っている。
新耐震基準を満たしていない住宅がまだ多く残っている。「不燃領域率」を2025年度までに70%にする目標を都は掲げるが、たとえば墨田区京島地区だと不燃領域率は16年度58%、20年度は61%にとどまっている。
不燃領域率を下げているのはもっぱら建て替えがかなわない高齢者の家だ。墨田区の場合は対策のため、古い建物の除去に90万円、建築設計に100万円の助成があるが、助成金だけでは工事費は賄えないため建て替えが進まないのである。
東京・墨田区は1995年の阪神淡路大震災(地震名は兵庫県南部地震(マグニチュード=M=7.3)当時、木造住宅が密集していて大規模な火災が起きた神戸市長田区と街並みがよく似ている。墨田区には限らず首都圏には多くの木造住宅密集地帯が残っている。
そのうえセットバックがある。幅4メートル未満の道路に面して建物を新改築するときには建築基準法で道路の中心線から2メートル後退させる必要がある。ただでさえ狭い敷地が一層狭くなる。セットバックは建蔽率(けんぺいりつ)にも関係するから建て直しができない家も出てくる。
そもそも災害弱者には高齢者が多い。2011年の東日本大震災(地震名は東北地方太平洋沖地震。マグニチュード=M=9.0)の場合、死者のうちの65歳以上は64%にも達した。人口割よりもずっと高い割合だ。
いままで地震の被害はいつでも実際の被害を追いかけてきた。いまだに追いつかない。来たるべき首都圏直下型地震も、数多くの問題点をさらけ出すに違いない。
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