島村英紀『夕刊フジ』 2022年3月11日(金曜)。4面。コラムその436「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

春先は気象津波「あびき」に注意

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「春先は気象津波「あびき」に注意 津波の原因は地震だけではない」


 東日本大震災から11年になる。津波の被害はいまだ記憶に残るが、原因は地震だけではない。春先に起きやすい気象津波がある。「あびき」といわれる。大きいものは津波の高さが3メートルにも達して、地震津波なみの被害を及ぼす。

 あびきの語源は速い流れのため魚網が流される「網引き」から来た。

 九州に多い。広くて浅い東シナ海の大陸棚上で多く発生するためだと考えられている。

 沖合の気圧の急変でできた海面が上下振動を起こす。こうして発生した海洋長波が湾に入り、湾内に入った海洋長波は共鳴現象を受けてさらに増幅され、湾奥では高さ数メートルの海面変動になることがあるのだ。

 周期は湾ごとに決まっている固有振動だ。たとえば岩手・大船渡湾では40分。リアス式海岸では大きい。湾の奥行や広がりで決まる。

 学問的には「セイシュ」という。セイシュは元々はジュネーブ湖に起こる長周期の振動を表すスイスの方言だったが、その後国際的な学術用語になった。日本語訳では静振(せいしん)。気象庁では「副振動」という。

 過去には1979年3月に長崎湾で起きたものが最大だった。このときの周期は30〜40分で、長崎検潮所で測った高さは278センチメートル。係留していた小型の船舶が流失したり、低地での浸水被害が発生した。

 あびきが発生するのは九州の南の海上を低気圧が高速で通った場合が最も多く、次に九州の南の海上に前線が停滞していた場合である。これらの気圧配置は春先に多い。しかし、あびきの事前予測は極めて困難である。

 この2月20日から21日にかけて、鹿児島・枕崎市、南大隅町、十島村で最大80センチの潮位変動を観測した。このため鹿児島地方気象台は今年初めて「副振動に関する潮位情報」を発表した。

 異変は22日午前には収まり被害は幸い確認されなかった。気象庁は3月までは注意するよう呼び掛けている。2月から4月で全体の約70%になっているが、3月は飛び抜けて多くあびき全体の約50%を占めている。

 じつは、南太平洋のトンガ近くの火山島でこの1月に大規模な噴火があった。トンガや周辺国で津波が観測されただけではなく8000キロメートルも離れた日本でも津波の被害が出た。港に繋いでいた30隻もの船が転覆したり、沿岸の養殖漁業のいかだが流された。

 南米チリでも1.7メートルの津波を観測。ペルーでも製油所のタンカーから原油が流出。多くの浜辺が汚染されたために環境非常事態宣言が出されるほどになった。米国カリフォルニア州やアラスカ州で1メートルを超える津波で被害が出た。

 しかし、このトンガからの津波にはナゾが多い。トンガの海底噴火からの津波は普通の地震津波ではなかった。ひとつは津波の波源にしては小さかったこと、そしてもうひとつは地震津波として予想された時刻よりも早く到達したことだ。

 この「津波」にあびきが関わっているのではないかという疑いが出ている。津波の周期が短くてセイシュの周期だったことや、湾内だけで波高が高くなっていたことなど、符合する特徴はいくつかはある。

 しかしまだ分からない。詳細な解析を待たなければなるまい。
 
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