島村英紀『夕刊フジ』 2022年2月4日(金曜)。4面。コラムその431「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

海底電線の弱点 地球上のデータのやりとりの95%
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「地球上のデータのやりとりの95%「海底電線」の弱点とは 地震・津波・ハリケーンや台風なども大敵」

 地球上のデータのやりとりの95%は海底に敷設された光ファイバーケーブルを通して行われている。昔は電線だったが、容量の大きな光ファイバーケーブルに置き換わっている。

 そのほかに人工衛星経由はあるが、コストは高いし、容量が少ない欠点がある。たとえば典型的な人工衛星経由の電話マリサット(国際移動通信衛星機構)では3分で12000円もする。金額はのちに約1/4になったが、私が国立極地研究所の所長だったときに持たされたが、おいそれとは使えない値段だった。

 海底噴火があったトンガと国外をつなぐ海底電線はたった一本。トンガの首都から隣国フィジーに至る海底電線だけだった。長さ872キロ。

 それが噴火で破損してしまったのだ。トンガの住民と国外の通信は途絶えたままになった。通信だけではなく、オンラインサービスも停止した。国中が麻痺(まひ)してしまった。

 今回は海底噴火だったが、トンガからフィジーへの海底電線は海溝を超える。太平洋プレートが潜り込んでいる海溝だ。そのために地震も噴火も起きる。

 そもそも海底電線が自然災害に遭って故障するデータは、ほとんどない。

 海底電線は海溝付近で起きる地震に弱い。プレートの潜り込む場所である海溝を超える地点も多い。地震や津波などさまざまな自然災害に遭うとどうなるかが心配なところだ。浅い海では漁業が一番の敵だが、ハリケーンや台風など熱帯低気圧も大敵だ。

 このほか海底電線の災害としては海底地滑りが多い。最初に海底電線の地震被害が確認されたのは1929年だった。グランドバンクス地震。マグニチュード(M)は7.2。それほど大きな地震ではない。この地震がカナダの大西洋岸のすぐ沖で起きたときにカナダの大陸斜面にあった12本の海底電線が上から順番に、次々に13時間かかって28ヶ所も切れていった。一番上の海底電線から一番下までは1100キロメートル離れていた。東京から稚内の距離よりも長い。

 切れた時刻が記録されていたから、海底地滑りが走った速度は最大時速100キロメートルを超えていたのが分かった。

 地震によって引き金を引かれた地滑りが海底電線を切った最初の例だ。このときの地滑りは面積が2万平方キロメートル、体積は200立方キロメートルという途方もない量だった。この面積は東京都の面積の10倍にもなる。

 海底地滑りは海底面が水を含んでいるために陸上よりも発生しやすく、またいったん滑ると規模が大きくなる。そしてM5やM6の地震で発生することもある。

 海底面の斜度はそれほどではなくても海底地滑りが起きる。しかも遠くまで流れる。米国・カリフォルニア州沖で1980年に起きたM7.0の地震のときでは勾配が1/4度だった。米国東部のミシシッピ河デルタではわずか1/100度の勾配のところでも海底地滑りが起きたことが分かっている。

 海底電線は一度損傷すると修復するのに普通は数週間から数カ月かかる。

 海底電線には敵が多いのである。

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