島村英紀『夕刊フジ』 2021年12月17日(金曜)。4面。コラムその425「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

豪雨が引き起こした火砕流

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「豪雨が引き起こした火砕流 インドネシア・ジャワ島スメル火山の噴火 日本でも人ごとではない」

 

 インドネシア・ジャワ島の最高峰スメル火山(標高3676メートル)の噴火がここ2週間続いている。死者行方不明者はすでに50名以上に上っている。

 一部の報道では「溶岩流」にのみこまれたとあるが、間違いなく「火砕流」だ。溶岩ではない。

 溶岩流なら逃げられる。げんにスペイン領のカナリア諸島・ラパルマ島のクンブレビエハ火山は9月から噴火が続いて家屋や農園の被害は拡大しているが、溶岩流は大量に出ていても死傷者は出ていない。他方、火砕流は襲われたらとても逃げられない。

 火砕流は火山ガスや火山灰や水蒸気が混合したもので、高温のうえ軽くて遠くまで届く。海も越えてしまう。温度は軽く200℃を超え、速度は遅くても自動車なみ、速ければジェット機なみだ。

 20世紀で世界最大の火山被害も火砕流だった。1902年に起きたカリブ海・仏領マルティニーク島にあるプレー山(標高約1400メートル)が火砕流を起こした。

 県庁所在地だった人口約3万人のサン・ピエールを瞬時に全滅させてしまった。助かったのは地下牢に収容されていた囚人ら3人だけだった。
インドネシアでも、村は荒れ果て、木々がマッチ棒のように倒れた。スメル火山から10キロメートル以内には8000人以上が暮らしていた。

 インドネシアには火山が多く、火山の麓(ふもと)は土壌が肥沃(ひよく)で水はけがよく耕作に適しているので千万人近くが住んでいる。どこかの火山が噴火すれば、多くの犠牲者が出るのは避けられない。

 火砕流は日本の火山からも出る。1991年に雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)で出て、当時戦後最大だった43人の犠牲者を生んだ。これは頂上付近にあった溶岩ドームが崩れたことで火砕流を出したものだ。

 九州・阿蘇からの火砕流は瀬戸内海を越えて中国地方を襲ったことがある。2017年に広島高裁が四国の伊方原発の運転を禁じる仮処分を出したのも、阿蘇噴火からの火砕流が海を越える影響を重視したためだ。

 ところでスメル火山の今回の火砕流はその前に何日も降り続いた大雨のせいではないか、という学説が出ている。大雨で山頂にあった溶岩ドームが崩れて火砕流を出したという説だ。

 たしかに溶岩ドームの大きさを比べると、大雨で体積が大きく減っている。

 だとしたら、今後は地球温暖化による気候変動の影響で、今回のような火砕流が出る火山噴火が増える可能性がある。

 頂上や頂上近くに溶岩ドームを載せている火山は多い。溶岩ドームの崩壊で噴火の被害が大きくなる。

 日本でも、まだ溶岩ドームがある雲仙普賢岳をはじめ、巨大な溶岩ドームを持つ北海道・樽前(たるまえ)山などだ。

 樽前山はシルクハットの形をした大きな溶岩ドームが遠くからでも見える。崩れたら大きな火砕流になるに違いない。火砕流の通り道には、昔は原野が広がっていた。いまは市街地が山麓まで拡大してきている。

 日本でも雨の強度が増えている。とくに1時間雨量が多くなっている。他人事ではないのだ。

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