島村英紀『夕刊フジ』 2021年8月13日(金曜)。4面。コラムその408「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

高温有毒・・謎の金星に35年ぶり探査

夕刊フジ』公式ホームページの題は「高温有毒…未だ謎の金星に約35年ぶり探査計画 」

 金星は火星とともに地球の隣にある。だが、火星探査ほど話題にならない。ひとつは厚い雲にいつも覆われているから、そしてもうひとつは鉛が溶けるほどの500℃近い高温になっているからだ。しかも大気は硫酸に満ちていて有毒だ。

 しかし隣の惑星だし、宵の明星、明けの明星としてよく見える。地球の半分の大きさの火星に比べて、地球と似た大きさと重さを持つ地球と姉妹の惑星だ。金星の最短距離は火星の最短距離よりも3割も近い。

 金星の探査に最初に挑んだのは、旧ソ連だ。1961年に金星を目指した。だがロケットが故障。その後「ベネーラ(ロシア語で金星)」探査機を次々に打ち上げたものの、相次いで失敗した。

 この間に先に金星への接近を果たしたのは米国NASA(航空宇宙局)で、フライバイ(惑星への接近飛行)に成功した。1962年のことだ。

 その後、1970年に旧ソ連の探査機が初めて金星に軟着陸して気候の測定にも成功した。旧ソ連はその後8回も軟着陸に成功して、金星表面の撮影や岩石の成分分析などを行った。

 金星の高温高圧の環境を知ったNASAは着陸をあきらめ、1989年に周回軌道からの観測を行う探査機を送った。この探査で、雲を通すレーダーで地表を初めて捉えることができた。

 NASAは、このほど新たな二つの計画を発表した。約35年ぶりだ。計画では、2028年と2030年に2機の探査機を打ち上げる。1機目は金星の大気を探る周回衛星で、2機目は探査機を金星の地表に着陸させる。

 ただ、火星への着陸は繰り返し成功させてきたNASAでも、金星の地表への着陸は困難を極める。高温と、金属を腐食する硫酸の大気が障害だ。いままでも欧州や旧ソ連や日本も金星の探査機を投入したが、多くの探査機が焦げてしまって機能を果たせなかった。

 NASAの計画では周回機からのレーダー観測で金星全体の詳細な地形を調べて地質学的な歴史を探る。プレートテクトニクスが現在も生きていて地震や火山の活動があるのかどうかを確かめる。

 金星は、以前には気候も地球のように温暖だった。海もあったが、蒸発してしまった。変化が起きる前は数十億年にわたって安定した気温を維持し、液体の水も持っていた可能性が高い。しかし現在では金星は温暖化が進んだ結果、現在の地表は460度、92気圧という生物が生きられない世界になってしまった。

 NASAの計画では惑星が長期間にわたって海を失った場合に何が起きたのか知ることが第一だ。

 人類が行けるかどうかを探るのも目的だ。時速360キロメートルにも達する強風が吹き荒れているほか、高温有毒の環境である。
 金星の大気にも謎が残っている。非常にゆっくり回転しているから、金星での1日は地球時間の243日で、惑星の大部分は長期間にわたって暗い。この長い夜の間、大気に何が起きるかはまだ解明されていない。

 金星は地球温暖化の明日の姿だという説もある。私たち地球人にとって他人事ではない。

 何が「姉妹」の命運を分けたのか、やがて明らかになるに違いない。

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