島村英紀『夕刊フジ』 2021年7月9日(金曜)。4面。コラムその404「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

人間が引き金?地球上の生物絶滅

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「人間が引き金? 地球のバランスの崩れによる生物絶滅の危機」

 イタリアで山の中を歩いていた米国の学者が珍しい岩を発見した。6500万年前に作られた岩の中にイリジウムという特別な金属を見つけたのだ。35年ほど前のことだ。

 デンマークでも別の学者が、同じ時代に作られた岩の中に、やはりイリジウムを見つけた。

 さらにスペインで見つかった岩からも、大西洋の海底からの堆積物からも見つかった。お互いに離れたところなのに、同じ時代の岩や堆積物の中からイリジウムが見つかったのだ。イリジウムは地球にあるが希少で、これほど広範囲にあるはずのない金属だった。

 その時代に小惑星が地球に衝突したのに違いない。金属の量や、その広がりから小惑星は直径10〜15キロ、7万キロを超える時速で衝突したと推測される。

 衝突は現在のメキシコ・ユカタン半島だった。ここに「チクシュルーブ」クレーターという幅180キロ、深さ20キロ近い穴が開いたのだ。

 粉塵が壮大に大気中に巻き上げられた。空は数ヶ月間も暗くかげって植物は光合成ができなくなった。気温も急激に下がり、世界全体が長く寒い冬に突入した。

 いちばん寒さに弱い生物がまず死に、それをエサにしていた生物も食べるものがなくなって死んだ。こうして将棋倒しのように次々に生物が死んでいった。

 ほとんどの絶滅は小惑星の衝突から数ヶ月のうちに起きたと思われている。こんなに短い間に食物連鎖のチェーンが切れてその影響が出たのだ。

 世界中をわがもの顔で歩きまわったり、泳いだり、空を飛んでいた恐竜も食べものがなくなって、飢えて死んだ。恐竜は1億8000万年にもわたって栄えたが、終わりはあっけなかった。

 恐竜だけではない。アンモナイトなど世界の生物の75%が死んだのが分かっている。

 小惑星の衝突でできたクレーターはもちろん巨大だが、それでも四国よりも小さい。地球全体の大きさから見れば、ずいぶん小さなものだ。

 地球は温度も、水の量もデリケートなバランスで成り立っている。たとえば酸素は、もともと地球にはなくて、植物が作ってくれたものだ。現在は空気中に酸素が21%あるが、これが10%に減っただけで人間は酸欠でバタバタ死んでしまう。

 多くの生物が太陽の光と熱を受けて生きているのもこのバランスの上で成り立っている。

 食物連鎖のチェーンもそうだ。地球の上の生物は、お互いに寄りかかりあいながら生きているのである。

 たった一つの隕石の衝突のホコリが舞い上がっただけで、このバランスが崩れてしまうくらい、このバランスは危なっかしいものなのだ。

 じつは、現在、次の大量絶滅が進行しているという説が強い。国際自然保護連合(IUCN)によると、1970年以降、脊椎動物の個体数は平均68%も減少し、35000種が絶滅の危機にある。

 モーツァルトやベートーベンの時代から10倍以上と、人間だけが増えているのだ。

 小惑星や隕石が落ちてこないいまでも、地球のバランスが崩れかけているのだろうか。
 
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