島村英紀『夕刊フジ』 2021年7月2日(金曜)。4面。コラムその403「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

サイクロンに立ち向かう無人帆船
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「サイクロンに立ち向かう無人帆船 温暖化による「気象の凶暴化」 急速に発達する台風の仕組み解明へ」

 梅雨末期の大雨による被害が著しい。2018年の西日本豪雨、2020年の九州を中心に襲った豪雨の被害は記憶に新しい。

 全世界で起きている地球温暖化のせいで、日本でも「気象が凶暴化」している。いままでにない大雨が降ったり、日本ではいままであまりなかった竜巻が増えている。

 台風が弱まらないで日本の陸上に上がってくるようになったのも気象の凶暴化のひとつだ。

 台風は海水からエネルギーを得て強くなるものだから、日本のまわりの海水温が地球温暖化で高くなると、いままでのように台風が弱まってから日本に上がってくることが少なくなってしまう。

 日本近海では「台風」と言い、北米東部やメキシコ湾など大西洋のものは「ハリケーン」と呼ばれ、バングラデシュやインドを襲うインド洋のものは「サイクロン」と称されるが、呼称が違うだけで同じものだ。上空から見ると左回りの強い熱帯性低気圧である。

 これらどの地域も「気象の凶暴化」の問題を抱えている。大西洋では60%のサイクロンがいままでの平均よりも強い。人的な被害に限らず、大変な経済的な損失になる。

 じつは、台風などについてはまだ研究が十分ではない。

 とくに台風やハリケーンが、とくに初期のころに、時間的にきわめて急速に発達する仕組みは、よく分かっていない。

 これはその時間にその海域での観測が少ないせいだ。初期の段階は、その後台風やハリケーンがどこまで発達するかのカギを握っている。陸地に近づいたときの大きさを予測して災害に備えるためにも、これは重要な情報なのだ。

 観測が足りないからといって、人間が乗っている船や飛行機が台風などの中心部に突っ込むのは危険である。米国や日本などで行われていないわけではないが、人間にとっても乗物にとっても大変で、このために地域も機会も限られている。

 米国で、この観測のための自動操縦の無人艇が開発された。ハリケーンの中に突っ込んで観測したデータを遠距離の陸地まで送ってくる。全長が7メートルの小型船だ。丈夫に作られてハリケーンに耐えるプラスチック製の5メートルの帆「ハリケーン・ウィング」がついている。電力は太陽電池でまかなうから長い期間の観測ができる。全体はヨットに似ている。

 データは海中や海表面のデータで、いずれも現場で測ったものだ。気温、湿度、気圧、風速、風向、海水温、塩分濃度、波高と周期。これらはハリケーンが成長するときの海中と大気のエネルギーのやりとりを知るために重要である。

 この無人艇は、サイクロンの強い風にも高い波にも耐えて、すでに実績をあげている。サイクロンの本場、大西洋のほか、荒れる北極海や北太平洋にも出かけている。

 無人艇はNOAA(米国海洋大気局)のもとで開発されたものだが、データはWMO(世界気象機関)と、加盟している各国の気象機関にも送られて役に立っている。

 この無人艇がサイクロンの中心部でのデータを集めてくれれば、サイクロンや台風の研究が進むことになろう。

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