島村英紀『夕刊フジ』 2021年6月18日(金曜)。4面。コラムその401「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

ダイヤが埋め込まれている町 人気漫画『進撃の巨人』のモデル
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「ダイヤが埋め込まれている町、その量は推定7万2000トン 人気漫画「進撃の巨人」のモデルにも

 人気漫画『進撃の巨人』のモデルになったとされる街、ドイツ南部のネルトリンゲンはダイヤモンドが埋め込まれた都市だ。

 近年に初めて分かったことは、ネルトリンゲンの建物にはダイヤモンドが何百万個と埋め込まれていることだ。ダイヤモンドの量は推定72000トンにも及んでいる。

 ドイツの多くの都市は第二次世界大戦で米英の空爆で破壊された。ネルトリンゲンも戦争終結の直前に空爆を受けて犠牲者33人が出たが、奇跡的に歴史的な旧市街の建物はほとんど無傷で残った。人口は約2万人。中世の面影を残す旧市街は観光客を集め、いまは7万人もの宿泊客がある。

 ここには約1500万年前に小惑星が衝突したクレーターがある。衝突のときには60 GPa(ギガパスカル)もの高い圧力でダイヤモンドが作られた。小惑星が地球に衝突したときの衝撃で巨大な圧力が生じて片麻岩(へんまがん)からダイヤモンドが作られた。片麻岩はグラファイトを含んだ変成岩の一種だ。

 岩石学的には、この衝突によって、「スエバイト」が生まれる。スエバイトは隕石の衝突で生成される角礫岩(かくれきがん)で、ダイヤモンドのほかガラスや水晶などの破片が含まれている。

 ダイヤモンドは小惑星の衝突だけではなく、地球のいくつかの場所にも見つかるが、これらは地球内部から来た。プレートより深いマントルで高い温度と高圧で作られ、大昔に捕獲(ほかく)岩として来たものだ。

 ところで、壁や家などの建造物を作るのには、世界のどこでも手近にある材料を使う。ここでは、それがダイヤモンドを含んだスエバイトだった。

 たとえば、尖塔がそびえたつ中世様式の聖ゲオルグ教会は、5000カラットのダイヤモンドを含むスエバイトでできている。このほか城壁も家も、ダイヤモンドを含んでいる。

 もちろん、5000カラットといっても、ひとつが5000カラットのダイヤモンドではない。ここの岩石に封じ込められているダイヤモンドは最大でも0.3ミリと小さくて、商業的な価値はほとんどない。

 ダイヤモンドとして流通しているのは0.1カラットで直径は約3.0ミリ、0.2カラットで約3.7ミリだから、それよりもずっと小さい。1カラットは0.2グラムだ。

 9世紀に人々がここに住み始めてから、町の人々は自分たちが材料として切り出してきた石が、小惑星が衝突してできたものであることは知らなかった。

 ここのクレーターは直径約20 キロメートルと大きなものだが、何世紀もの間、地元の人々はこの巨大な盆地は火山のクレーターだと信じこんでいた。ドイツにも昔はあちこちで火山活動があったのだ。

 それから約1000年後、1960年代になって初めて、ここのクレーターは火山起源ではなく小惑星の衝突が原因だったことがわかった。

 さらに後に、科学者が、ここにはダイヤモンドが多量に含まれているのを発見した。世界では何カ所かスエバイトが見つかっているが、ここには他に類を見ないくらい豊富にあることが分かった。

 ダイヤモンドが町のいたるところにあるのが分かったのは、意外に近年のことなのである。

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