島村英紀『夕刊フジ』 2021年4月16日(金曜)。4面。コラムその393「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 1

17年ぶり改訂 被害範囲が広がった「富士山噴火ハザードマップ」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「噴火の脅威は首都圏も襲う!? 被害範囲が広がった「富士山噴火ハザードマップ」、17年ぶり改訂」

 富士山噴火ハザードマップが17年ぶりに改訂された。被害範囲が拡がったのだ。

 たとえば、溶岩流が到達する可能性がある自治体は、従来は2県だったのに、いままでは入っていなかった神奈川を含む3県の市町村に拡大された。また、山梨・富士吉田市の市街地への溶岩流の到達時間は約2時間と、従来版から約10時間も早まった。

 もともと、富士山のハザードマップは2004年に作ったものだ。2000年から富士山直下の深さ10〜20キロメートルで起きる低周波地震が増え、緊張が高まったことを受けて作られた。低周波地震はマグマの動きを示すと考えられているものだ。

 このときは富士山は噴火せず、ほかに異常現象もないままで収まった。

 今回の改訂は富士山の活動が最近活発化したためではない。噴火活動が活発だった約5600年前まで遡ったためだ。つまり研究が進んで、いままで知られていなかった昔の歴史まで知ることが可能になって危険があることが分かったのである。

 溶岩の想定噴出量は従来の約2倍の13億立方メートル、火砕流は約4倍の1000万立方メートルにした。過去の噴火の噴出量を更新したわけだ。

 そのほか火口範囲を山頂から半径4キロメートル以内の全域にするなど拡大した。近年の研究で新たな火口が発見されたため、火口の数は改定前の約5倍の252ヶ所になった。

 また溶岩流や火砕流が駆け下る地形データも前回より詳細にした。これらのために溶岩流や火砕流が到達する範囲が広まった。溶岩流が到達する可能性のある地域は、前のハザードマップでは山梨、静岡両県の15市町村だったが、神奈川県を加えた3県27市町村に増加した。到達時間は最短で、静岡県は沼津市が18時間、静岡市清水区が19日、山梨県は大月市が1.5日、上野原市が6日、神奈川県は今までは到達しないはずだった相模原市緑区が10日、小田原市が17日で溶岩に襲われる。

 このほか、東海道新幹線に5時間、新東名高速道路には1時間45分で達して通行止めにしてしまう。

 しかし、一度の噴火で想定される全ての地域へ同時に溶岩が流れるわけではない。噴火する火口の位置次第で、実際の到達地域は変わる可能性がある。

 この最新のハザードマップに、まだ問題が残っていないわけではない。それは「融雪型火山泥流」だ。雪が残る季節に噴火すると、自動車の速さで火山泥流が襲って来る。平均時速約60キロメートル。逃げられる速さではない。

 1926年5月末に北海道・十勝岳で噴火が起き、融雪型火山泥流が起きて死者行方不明者144名という被害が出た。近年の日本での火山災害では最大の死者数だった。

 十勝岳の場合には、火山が見えないところでもいきなり火山泥流に襲われた。富士山も雪が長く残る。ひとごとではない。

 富士山の噴火は1707年の宝永年間の噴火を最後に300年以上ないが、これからもずっと静かなことはあり得ない。

 世界的に見ても、300年以上ぶりの噴火は大規模になる可能性が高いのだ。

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