島村英紀『夕刊フジ』 2021年3月26日(金曜)。4面。コラムその390「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

最短12分で津波到達、日向灘地震の恐怖
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「最短12分で津波到達、日向灘地震の恐怖」

 3月20日午後6時過ぎに宮城県沖で最大震度5強(マグニチュード=M=6.9)を観測する地震が起きた。一部地域で一時、津波注意報が出た。

 津波は海底で地震断層が上にある海水を動かすことで生まれる。地震断層とは震源のことだ。地震断層が陸の下にあったり、海底でも地震断層が深いときには津波は出ない。


 東日本大震災では地震断層がごく浅くて、しかも大きかったので、大津波に襲われた。地震断層の動きも、最大の津波を発生する向きだった。


 いったん発生した津波は四方八方に伝わっていく。津波の速さは水深の平方根に比例する。水深4000〜6000メートルの太平洋深部ならジェット機なみだが、水深が小さければ遅くなる。水深100メートルならば、時速110キロメートルで高速道路の自動車なみ、水深10メートルならば時速36キロメートルと短距離のオリンピック選手なみになる。遅いといっても逃げられる速さではない。


 毎秒6〜8キロメートル、時速にして2万キロメートル以上という地震波の速度は、津波が伝わる速度よりはずっと速い。東日本大震災では、仙台空港では揺れてから約1時間で津波が来た。震源がはるか三陸沖にあったからだ。


 しかし、いつも1時間の余裕があると思ってはいけない。ずっと短時間で津波に襲われるかもしれない。震源が近ければ、津波はすぐにも来る。


 この3月に宮崎県が調査したら、日向灘(ひゅうがなだ)を震源とするM7.6の「日向灘地震」が起きたとき、県の沿岸部には最短12分で津波が到達することが分かった。最大震度6強の揺れのあとで最大6メートルの津波が来るという。


 マグニチュード(M)7クラスの日向灘地震は今後30年以内に70〜80%の確率で発生するといわれている。地震が起きれば建物の被害は約1万6000棟、死亡者は約1700人と想定される。2016年の熊本地震(M7.3)の直接死50人、2018年の西日本豪雨の死者237人よりも、日向灘地震がはるかに大規模な災害になる可能性がある。


 日向灘地震には限らない。津波が三陸はるか沖だった東日本大震災での1時間よりも早く襲って来る地震は多い。


 げんに宮崎・延岡市や門川町など沿岸8つの市や町でも、南海トラフ地震では15〜16分で津波が襲って来る。四国や紀伊半島ではもっと早い。


 福岡でも、南海トラフ地震の津波は3時間後にやってくるとはいえ、2005年の福岡県西方沖地震(M7.0)のように数分で来てしまう津波もある。玄界灘から朝倉市に至る「西山断層帯」などで地震が起きたら、わずか2分で4メートル以上の津波が押し寄せる。


 北海道南西沖地震(1993年。M7.8)で北海道・奥尻島では震源に近かったせいで、地震から5分と経たないうちに大津波が襲ってきて多くの犠牲者が出た。


 この地震に限らず、日本海岸でも太平洋岸でも、近くで大地震が起きれば、すぐに津波が来る。


 地震が起きて揺れが収まるまでに1、2分。数分で高台の避難場所に逃れることは簡単ではない。預金通帳やはんこや薬を用意し、おばあさんを背負って避難しなければならない。昼間ならばまだしも、夜や冬のこともあろう。


 海岸近くで地震が起きることは大いに危険なのである。


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