島村英紀『夕刊フジ』 2021年1月29日(金曜)。4面。コラムその383「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

ミリ秒単位で揺らぐ地球の自転 マイナスのうるう秒
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「ミリ秒単位で揺らぐ地球の自転 史上初の「マイナスのうるう秒」導入するのか」


 地球は宇宙に浮いている球だ。不思議なことがまだたくさんある。自転の速さの「揺らぎ」もそのひとつだ。

 地球の自転はいま24時間になっている。そして長期的には遅くなっている。地球の自転にブレーキをかけている強大な力があるからだ。それは潮の干満による海水と海底の摩擦、太陽や月の引力で地球全体がゆがむ地球潮汐(ちょうせき)だ。

 これらの力のために自転は2億年ごとに約1時間ほど遅くなっている。200年間に約1000分の1秒(1ミリ秒)ずつ遅くなっていることになる。

 もし1日が12時間であったなら、12時間目にまた会社や学校へ行かなければならない。これでは、せわしなくてかなわない。他方、1日が72時間だったら、仕事や勉強で疲れはて、夜は退屈してしまうにちがいない。私たち人類は、ちょうど1日が24時間という時代に生まれたことに感謝すべきなのだろう。

 ところが、地球の自転はミリ秒の単位で揺らいでいることが分かった。これは、地球の自転が遅くなっていくゆっくりした変化よりも100倍以上大きい。

 大地震だろうか。たしかに大地震は地球の自転を変化させる。2011年の東日本大震災(地震名は東北地方太平洋沖地震)は自転を100万分の1.6秒だけ遅くした。2004年のスマトラ沖地震はその4倍だけ遅くした。しかし大地震での変化はミリ秒単位の「揺らぎ」に比べるとずっと小さい。

 地球上を吹いている風の分布が変わったのか、エルニーニョのような気候変動のせいだろうか。地球の深部にある溶けた鉄の球になにかが起きたせいではないか。しかし、どれも推測でしかない。

 そもそも、この「揺らぎ」が分かったのは1972年に精密な原子時計が導入されてからのことだ。つまり年とか日の長さを、それまでの太陽の観測から決めていたやりかたをやめて、原子時計を使って定義することにしたのだ。ちなみに原子時計の精度は100億年に1秒と言われている。

 原子時計を基準にして地球の動きや暦を固定したために、実際の地球の自転の変化があれば、それに合わせて地球上の時計を調整しなければならなくなった。

 このため1972年以来、原子時計と地球の自転を合わせるためにプラスの「うるう秒」が入れられてきた。地球の自転が原子時計に比べて0.4秒以上ズレてしまったときにうるう秒が入れられてきた。その年の6月か12月の終わりに「うるう秒」が入る。こうして1972年以来挿入されたうるう秒は27回あった。

 最後にこのプラスの挿入が行われたのは2016年の大晦日のことだ。このときが最後の修正で、その後は自転の速さが増している。2020年には最短だった7月19日には1.46ミリ秒短かった。この数年、地球の自転が加速したせいで自転のほうが原子時計よりも早くなっているのだ。

 さて、この勢いが続けば、史上初のマイナスのうるう秒を導入するのだろうか。

 うるう秒を導入するかどうかを決めるのはフランス・パリにある国際地球回転・基準系事業(IERS)だ。いま悩んでいるに違いない。
 

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