島村英紀『夕刊フジ』 2020年12月11日(金曜)。4面。コラムその377「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

共和政ローマの崩壊 アラスカの火山噴火が原因
夕刊フジ』公式ホームページの題は「共和政ローマ崩壊の遠因!? 紀元前に2回起きた米国・アラスカの火山噴火 」

 「共和政ローマ」とは、紀元前509年に王政を打倒してから、紀元前27年の帝政の開始までの期間の古代ローマのことだ。支配面積は紀元前4世紀には1万平方キロメートルだったものが紀元前50年には20倍にも拡張して、地中海一帯に栄えた。
  
 だが、古代ローマの将軍であり政治家でもあったカエサルが紀元前44年に暗殺されたことをきっかけに20年近く権力闘争が続いて、共和政ローマは崩壊した。


 じつはこの時期に異常な寒波が続き、飢饉(ききん)も広がっていた。これが共和政ローマの崩壊の遠因であった。地中海地域で、なぜ異常気象が続いたかは、ずっと学者を悩ませて来た。


 このほど、北極の氷河のボーリングに含まれる火山からの噴出物を調べたら、紀元前に二回起きた米国・アラスカのオクモク火山の噴火のときに出たものだったということが分かった。紀元前45年と、同43年の噴火だ。これらの噴火は過去2500年に世界で起きた最大級の噴火だった。大噴火は地球の反対側にまで影響を及ぼすのだ。


 これは科学者や歴史家からなる国際的な研究者たちが明らかにしたもので、米国科学アカデミー紀要に今年、掲載された。


 研究者たちは地中海地域だけではなく、北半球の気温がこの2500年で最も低かった時期に重なっていたことを明らかにした。北欧のスカンディナビア地域の気候の歴史を刻んだ木の年輪や、中国北東部の洞穴を調べ上げて、オクモク山の噴火後の2年間、夏と秋の平均気温は標準を7℃も下回っていたことが分かった。北半球全体に噴火の影響が大きかったのだ。


 この時期の記録には、太陽の周りにカサがかかって太陽が暗くなったり、あるいは太陽が三つ見える幻日(げんじつ)という現象が起きるなど、異常な大気現象が残されている。これらの現象は火山の大噴火で説明できる。


 オクモク火山は、アラスカ本土から300キロメールほど離れたアリューシャン列島のウムナック島にある。日本と同じく、太平洋プレートが地下に入りこんでいて、火山や地震が多いところだ。1946年にすぐ近くで大地震が起き、津波でハワイでも激甚な被害を出した。この津波の被害を受けて、米国では現在ハワイにある太平洋津波警報センターの前身が作られた。ここは大地震の「本場」でもある。1957 年と1965年に世界でも最大級の地震が起きている。


 ウムナック島は面積が1800平方キロメートル。人口は39人。港はなく、交通や輸送すべてを小さな空港に頼っている。


 噴火は、近年も1805年以来10〜20年ごとに16回知られている。2008年の噴火では、火山灰や火山ガスの噴煙が噴出して15000 メートルもの高度に達した。1997年にも噴火した。


 ところで、氷河は毎年の積雪が積もって氷になったものだ。このため、氷河には昔の記録が閉じ込められている。地層のように、深ければ昔の記録が手に入る。


 げんに1783年に起きた浅間山の大噴火の火山灰がグリーンランドの氷河のボーリングから見つかったこともある。氷河は世界各地で起きた大噴火の火山噴出物の宝庫なのである。


この記事
このシリーズの一覧

島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ