島村英紀『夕刊フジ』 2020年11月6日(金曜)。4面。コラムその372「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

温暖化が加速する「シベリアに開いた大穴」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「温暖化が加速する「シベリアに開いた大穴」 地下の空洞のメタンガスが爆発して開いたもの」

 さる10月、東京・調布で道路にいきなり穴が開いた。幅5メートル、長さ3メートル、深さ5メートルの穴だ。落ちたら死ぬ大きな穴だ。

 地下で東京外環道路の工事が行われている場所である。地下トンネル工事は中断され、原因を突き止めるためにボーリング調査が始まっている。


 しかし、世界にはもっと深くて大きい穴が開く事件が起きている。しかもいくつもだ。深さが50メートル、直径も100メートルもある。穴の縁はほとんど垂直だ。


 ほかの取材をしていたロシアのテレビクルーが偶然、シベリアのヤマル半島の上空から見つけた。どれも人が住んでいない場所だった。人がいたら大変な事故になっていただろう。


 穴はいままでに17個が見つかっている。永久凍土が地球温暖化で融けだしているところだけが穴が開いている。それゆえ、間違いなく永久凍土との関係がある。


 永久凍土は北半球の大陸の4分の1を占めている。カナダ、ロシア、米国アラスカ州の北極圏に広く拡がっている。その名の通りカチカチに固まった地盤だ。


 地球温暖化で、地表面にある永久凍土が融け始めて、地下の空洞にたまっていたメタンガスが爆発して穴が開いたものに違いない。メタンが充満した大きな泡が少なくとも数千個もあることはすでに見つかっている。この泡がいつ爆発しても不思議ではない状態にあるのだ。


 爆発を見た人はいない。だが、これだけの穴が開いたのはすさまじい爆発だったに違いない。


 メタンは、ガスとしては二酸化炭素よりも25〜80倍も影響が大きい地球温暖化ガスだ。いまは二酸化炭素に次いで地球温暖化に及ぼす影響が大きい温室効果ガスだ。

 将来はもっと増えるかもしれない。メタンガスが永久凍土から大量に放出されることで地球温暖化が一層進むことになる。

 それだけではない。永久凍土の土壌には地球大気の約2倍の炭素が含まれている。膨大な炭素が凍結した有機物として閉じ込められているのだ。永久凍土が融けると有機物が温められて腐敗するから、二酸化炭素やメタンとして放出される。そして地球の温暖化を一層加速する。


 じつは地球規模のメタンの研究は、まだ進んでいない。メタンの排出源が多様なせいだ。永久凍土層のほか、熱帯の湿地、家畜、埋め立てごみなどの排出源がある。


 北極圏では永久凍土が融けることで多くのメタンを出し始める。一方、熱帯の湿地でも土壌の温度が上り、メタンガスを吐きだす微生物の活動が盛んになってメタンガス排出がさらに増える。


 また、石油やシェールガスやシェールオイル採取にともなうガスの放出も、メタンの3分の1を占めている。シェールガスやシェールオイルの採掘には水圧破砕法を使うが、副次的に出るメタンがとくに多い。水圧破砕法は地震も起こすので問題になっている。


 これまでに人類のせいで増加した地球温暖化の4分の1がメタンによるものだとする試算もあるほどだ。メタンは、将来の地球温暖化のカギを握っているのだ。


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