島村英紀『夕刊フジ』 2020年10月23日(金曜)。4面。コラムその370「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

最も予知が難しい水蒸気爆発
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「火山噴火の中でも、最も予知が難しい「水蒸気爆発」」

 たんに運が良かっただけの火山災害がある。死者も負傷者もいなかった。それは鹿児島から宮崎にまたがる霧島「えびの高原」の噴火だ。2018年4月19日に起きた。

 噴火が起きた時刻は、戦後最大の被害を生んだ御嶽の噴火が秋晴れで天気がいい土曜日の昼時だったのと違って、木曜の夕方、午後3時半すぎだった。戦後最大とは2014年9月の御嶽噴火で、死者行方不明63人を生んだ。

 このえびの高原の噴火は、曜日と時間によっては御嶽での火山災害を超えたかもしれない。


 4月の平日の夕方。ただでさえ少ない登山客は帰途についていて、駐車場の車も10台ほどにすぎなかった。噴火を見て、登山客は全員避難できて、死者も負傷者も出さなかった。このために大きなニュースにはならなかったから、知っている人は少ない。


 気象庁は噴火のあとに噴火警戒レベルを3に上げたが、例によって噴火後のことだ。噴火後に3に上げた御嶽の噴火と同じで、間に合わない。


 その後、草津白根の噴火もあった。2018年1月。スキー場で死者1、負傷者11を生んだ。


 御嶽では2007年3月に小規模な噴火が起きていた。しかし冬季だったので登山客はなく、被害はなかった。スキー場もなく、冬季だったことが幸いしたのである。


 これらの噴火は、すべて「水蒸気爆発」だった。火山噴火の様式の中でも、もっとも予知しにくい噴火だ。


 水蒸気爆発は地下水がマグマの高熱で水蒸気になることで生まれる。地下水はほとんどの火山にある。


 「水蒸気」爆発というと、まるでヤカンから出る湯気のように威力のないものに聞こえるかもしれない。だが、そうではない。水は1グラムで1立方センチの体積を占めるが、これが100℃になると4500立方センチもの体積を持つ水蒸気に膨張する。閉じた空間では大変な圧力になる。上にある岩や昔の火山灰を吹き飛ばしてしまうのだ。2014年の御嶽の場合も、新しいマグマが出てきたわけではなく、昔に噴出した火山岩や火山灰を吹き上げたものだった。

 マグマの動きが観測にかからなければ、噴火の予知は出来ない。水蒸気爆発だけのときはマグマがほとんど動かない。


 マグマが大規模に動いて、地表に出てくれば「マグマ噴火」になる。噴火としては大規模だが、むしろ予知しやすい。地下で大規模にマグマが動けば、地殻変動や地震活動によって観測にかかるからだ。


 火山学からいえば、これらの水蒸気爆発は、噴火としては、けして大きなものではない。


 火山災害の大きさは噴火の規模と、いつも比例するわけではない。噴火の規模が大きければ、もちろん被害も大きいが、そのほかにも「水蒸気爆発」という伏兵がいる。


 予知できないまま、いきなり起きる水蒸気爆発は、時間と場所の運が悪ければ、噴火に遭うのを避けられないのだ。現在の学問では、水蒸気爆発は予知できない。


 どこかの火山で「戦後最大」がまた起きてしまうのを火山学者は恐れているのである。


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写真は木曽御岳。2014年10月10日に、約60km離れた長野県・蓼科から撮った御獄。山頂の左に噴煙が見える。根元は白、左上に延びている黒い雲までが噴煙である。9月の噴火時には噴煙は約7000mまで上がった。山頂付近に白っぽく見えるのは、今回の水蒸気爆発で噴出した火砕流であろう。右側の谷筋に見えるのも火砕流が流れた跡だと思われる。(島村英紀撮影。「島村英紀が撮った火山の写真」から)

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