島村英紀『夕刊フジ』 2020年4月17日(金曜)。4面。コラムその344「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

政府、白旗揚げてもメンツにこだわる「地震予知」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「国としてはできないはずだが…政府、白旗揚げてもメンツにこだわる「地震予知」

 気象庁がこの3月に地震予知情報課を廃止した。前身は地震予知情報室で、1970年代後半に設置されて以来40年間「事前予知」を前提とする東海地震(のちの南海トラフ地震)の監視業務をになってきたものだ。

 じつは気象庁だけではなく2018年9月に行われた政府の防災会議で認められた有識者会議の報告書では「地震予知はできない。大震法(大規模地震対策特別措置法)を運用するのはむつかしい」とある。学問的には前から分かっていたが、政府は白旗を揚げたわけだ。

 しかし大震法は廃止されなかった。問題は大震法で言ってきた「地震予知ができる」ということを刷り込まれてしまった地元だ。二階に上ってはしごを外されたわけだ。

 地震予知を前提とする大震法という法律までできてしまって、警戒宣言によって、新幹線や東名高速道路が止められ、住民避難などが一斉に始まることになっていた。それだけに地震予知ができないということをいきなり言い出されても、混乱するのは当然のことだ。

 このために政府や気象庁は、あわてて政策を作った。それは「前震や地殻変動などの異常現象に基づいて住民に避難をうながす情報を出す」というものだ。

 しかし、これは地震予知に他ならない。日本は地震予知が国家計画として始まって半世紀の間、一度も成功したことはないし、世界中でも同じだ。科学的には、大地震の前に確実な前兆が見つかったことはない。

 新しい政策には「南海トラフの震源域の東側でマグニチュード(M)8クラスの地震が発生した場合、連動して西側でもM8クラスが3日以内に発生する可能性があるので短時間で津波が到達する沿岸地域の住民には発生から3日程度の避難を促す」とある。

 その「可能性」を96回のうち10回あるとしている。だが、この数字はわずか10%にすぎないばかりではなく、20世紀以降に起きた地震を世界中で数えているものだ。次の南海トラフ地震にあてはまるかどうかはまったく分からない。

 南海トラフ地震は繰り返しが知られているが、前回の1944年12月の東南海地震のあと、1946年12月に南海地震が起きた。2つをあわせて南海トラフ地震の先祖だと考えられている。このときは2年、間が空いている。その前の1854年には安政地震が起きたが、そのときには32時間たってからまた大地震が起きた。もうひとつ前の1707年には宝永地震も1605年の慶長地震も、東西に別れて時間的に前後して起きたのではなくて、一挙に起きた地震であった。

 つまり、住民に避難を呼びかけても、数日以内に大地震が起きる可能性はごく低い。過去の南海トラフ地震の歴史から見ても、科学的にもそうだ。

 気象庁は地震予知情報課を廃止したが、地震予知は実際には続いている。「南海トラフで巨大地震が起きる可能性を評価する専門家の検討会」が気象庁に残っているのだ。政府がメンツにこだわって、国としては出来ないはずの「地震予知」をすることになっているのである。

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