島村英紀『夕刊フジ』 2020年1月24日(金曜)。4面。コラムその332「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

危険度アップ!! 富士山「最新ハザードマップ」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「
想定火口の範囲が大幅に広がり危険度アップ! 富士山は「いつ噴火しても不思議ではない活火山」

 この1月にフィリピンの首都マニラ南方にあるタール火山が噴火した。15万人が避難したほか、国際空港が一時閉鎖になった。タール火山は「札付き」の火山で過去に34回の噴火が知られていて、6000人以上が犠牲になった。

 他人事ではない。日本一の山、富士山も「いつ噴火しても不思議ではない活火山」なのだ。

 新年。あちこちの写真ギャラリーで富士山の展示があった、富士山は孤立峰だし、形がいい成層火山で、雪をかぶった姿はことさら美しい。新春を飾るにはもっとも適した山なのである。

 年末に富士山のハザードマップが書き替えになった。危険が増えたのだ。ハザードマップは最近の学問の進歩にあわせて、書き替えが進んでいる。

 今回の書き替えでは考慮に入れるべき想定火口の範囲が大幅に拡がった。いままでは、まさかここまでは火口が拡がるまいと思っていた富士山の南西側、静岡・富士宮市で、現行のハザードマップより5キロほども市街地に近い「二子山火口」周辺まで拡がったのだ。

 今回の改定作業は、火口の想定年代を従来の3200年前以降から5600年前までさかのぼった。これは最近の研究を反映したものだ。実際に、山体を覆う樹木などの障害物を透過できる航空レーザー測量で、いままでは分からなかった噴火口跡が見つかった。

 もし、この火口から噴火が始まれば富士宮市では溶岩流が市街地に2〜3時間で到達してしまう。しかも、それだけではなくて、富士市では新東名の高速道を超える可能性も高い。

 タール火山は1911年に噴火して死者1000人を出した。噴火の前になにが起こるかの蓄積が多く、今回も「フィリピン火山地震研究所」では警戒レベルを5段階中の4に上げ、さらなる大規模噴火に備えて警戒を続けている。
 
一方、富士山は1707年の宝永(ほうえい)噴火が最後の噴火で、以後300年以上も噴火の歴史がない。ちなみにこの宝永噴火は、富士山の三大噴火のひとつで、地元で大きな被害を生んだだけではなく、2時間後には江戸(現在の東京)で激しく火山灰が降って、5から10センチも積もった。タール火山からマニラまでは60キロ。他方、富士山から八王子までは100キロだから、そんなに違わない。

 もちろん、3世紀以上も噴火がないのは喜ぶべきことだが、噴火の前に何があったかの記録がまったくないのは地球物理学者にとっては辛いことだ。

 じつは、この数年来、富士山には不思議なことがたくさん起きている。河口湖の水位が異常に下がったり、富士宮市の住宅地で水が噴き出したり、林道に深い割れ目が走ったりしている。

 富士山が噴火したら近隣の住民や登山客や観光客だけではなくて首都圏まで大きな影響を及ぼす可能性があるから、多くの観測機器も富士山を取り巻いている。

 これらでも「異常」が捉えられていて、山体膨張はこの数年で進んでいる。だが、問題は、これらの観測がどこまで行ったら次の噴火が起きるのか、という経験が全くないことなのだ。

この記事
このシリーズの一覧


島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ