島村英紀『夕刊フジ』 2019年12月20日(金曜)。4面。コラムその328「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

鳴門の渦潮と「コリオリの力」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「鳴門の渦潮と、地球上で動くものには必ず作用する「コリオリの力」」

 渦潮といえば鳴門(なると)が有名だ。淡路島と四国の間で起きる。

 渦潮は海水の流れの方向や速さが違う境で起きる。鳴門海峡の北側の播磨(はりま)灘と南側の紀伊水道との潮汐が逆位相なので起きる。逆位相になるのは淡路島を回って明石海峡から入って来る潮汐波の影響だ。

 つまり播磨灘が満潮のときには紀伊水道側が干潮になって起き、逆のときにも起きる。毎日2回の潮汐の周期で入れ替わる。渦潮ができるのは潮流最速時の前後1時間半までで、大潮の日は、特に大きなものが生まれる。

 幅1.3キロしかない海峡なので秒速10ノット(毎秒5メートル)にも達する激流が生まれ、水位差は最大2メートルにもなる。へこんだ渦潮が直径15メートルにもなり、ひとつの渦潮が数十秒間も続く。

 渦ならば、左巻きと右巻きとがある。ここで思い出されるのが「コリオリの力」だ。地球上で動くものには必ず作用する。19世紀にフランスの科学者ガスパール・ギュスターヴ・コリオリが初めて提唱したものだ。

 地球は東向きに自転している。自転の速さは遅いようだが赤道で時速1700キロにもなる。だから低緯度の地点から高緯度の地点に向かって運動する物体には東向き、逆に高緯度の地点から低緯度に向かって運動すると西向きの力が働く。それゆえ北半球の台風は左巻きになる。南半球では右巻きだ。台風のほか、海流や地衡風にも影響する。地球物理学者にはよく知られた力である。

 ゴルゴ13には書いていないことがある。それは長距離の狙撃をするときにはコリオリの力のために、標的よりもわずかにずれることだ。北半球で北に撃った銃弾が標的よりも右にずれる。

 ところで、洗面所の洗面器の栓を抜くと水は渦を巻いて流れていく。渦巻きの方向は北半球では反時計回り、南半球では時計周りだという。

 だが、これは都市伝説だ。洗面器では容器の大きさが小さすぎてコリオリ力の力はほとんど効かない。

 鳴門の渦潮は、南流時は鳴門側に、北流時には淡路島側だけで多く発生する。つまり、右巻きの渦潮がほとんどだ。これはコリオリの力よりも海峡の底の地形の影響がずっと大きいせいだ。

 ここでは南流時は、浅瀬に潮流がかかるために鳴門側と淡路側の両方に渦は発生するが、鳴門側の方が目立つ渦潮ができる。反対に北流時は、鳴門側で起きるはずの左巻きの渦潮が、潮流が海底の地形に引っかからないため発生せず、淡路島側にだけ起こるせいだ。

 私はサルトストラウメン海峡に行ったことがある。北極圏内のノルウェー・ボードー市の郊外にあるここは世界一の渦潮の名所だ。潮流が鳴門海峡の約2倍以上の最大約25ノットにも達するし、渦潮もずっと大きい。

 この海峡は航海の難所でもある。渦潮は1日に2回、潮流が小さくなって消えるので、そのときを狙って航行する。時間は日々、変わる。このために渦潮は地元の新聞には必ず出ているし、海峡に信号所があって安全航行に供している。

 鳴門海峡の渦潮は世界遺産登録を目指している。この夏にはサルトストラウメン海峡へ兵庫県から調査団が派遣された。


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