島村英紀『夕刊フジ』 2019年11月22日(金曜)。4面。コラムその324「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

仏 16年ぶり「大地震」 原発耐震基準の「想定外」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「フランス南部で16年ぶり「大地震」も日本では… 原発耐震基準の「想定外」とは」


 先週、フランスで16年ぶりに大きな地震が起きた。フランス南部の内陸地方だ。

 とはいっても、マグニチュード(M)は5.4。日本ではありふれた地震だ。大地震の仲間には入れて貰えまい。

 もともと大きな地震が少なく、石造りの家が多いフランスでは、家屋が損壊する被害が出ている。9〜12世紀に建てられた教会や村の学校も壊れた。1人が重傷、3人が軽傷を負い、震源地のテイユ村では250人が3つの体育館に避難した。県知事は当面の間、家屋の中に入らないよう住民に呼びかけている。

 フランスでは年間に約600回の地震が起きている。そのうち有感地震はせいぜい10〜15回ほどにすぎない。日本では、年に数万回も地震が起きる。有感地震だけでも年1500回を超え、M8、ときにはM9が起きる日本とは大違いなのだ。

 英国でも数年前に「クリスマスに震度1」が新聞のトップ記事になったことがある。これも小さな地震だった。

 一方で、フランスは原子力発電の大国でもある。国内19ヵ所に58基の原子力発電所を持ち、生産電力の72%(2017年)を原子力でまかなっている。日本とちがって、内陸の川沿いに原発は多い。

 今度の地震でも内陸のクリュアス原発が震源から23キロのところにあったし、26キロのところにはトリカスタン原発やウラン濃縮施設があった。

 「フランス電力」(EDF)は地震後、クリュアス原発の4基の原発すべてを「詳細な点検」のために停止した。ウラン濃縮施設も停止した。

 どちらの原発や施設もM5.2までの地震には耐えられるように設計されているという。フランスでの原発の耐震基準は、その地域で過去に起こった地震の最大マグニチュードに0.5を加えて設定されている。今回の2ヵ所の場合は、1873年に起きた推定M4.7の地震に0.5を加えたM5.2になっているのだ。

 だが今回の地震はM5.4であり、たった0.2の差だが、地震のエネルギーは約2倍も大きい。それゆえ、この規準に照らせば想定外だ。そのため、安全性に対する懸念の声があがっている。

 福島第一原発はM9の東北地方太平洋沖地震に襲われた。この大きな地震は「想定外」とされている。

 フランスでは、地震計が動き出してから最大の地震は2003年にフランス北東部のヴォージュ県を襲った地震(M5.4)だった。

 だが、1356年にスイスではもっとずっと大きな地震が起きて、バーゼルの市街が壊滅したことがある。また、ポルトガルでも1755年の地震で大津波が首都リスボンを襲って当時のリスボンの人口28万人のうち9万人もが死亡したこともある。

 今回、原発を運用するフランス電力は地震の翌日にクリュアス原発をメディアに公開し、安全性をアピールした。

 今回は安全だったかもしれない。だが、地震の歴史よりもずっと短い歴史しかない人類が知らない地震は多い。将来とも安全かどうかは、地震学者でも分からないのである。

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