島村英紀『夕刊フジ』 2019年9月27日(金曜)。4面。コラムその316「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

火災保険が下りない「通電火災」--難解な地震免責特約
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「火災保険が下りない…地震後に発生する「通電火災」 難解な「地震免責約款」に留意を 」

 9月9日に東京湾に入りこんで来た台風15号。

 千葉県の大規模停電はほぼ解消したが、3週間近く長引いた。一時は64万戸にも達した。自然災害では2011年の東日本大震災以降で最大のものになった。

 そして、停電から回復する過程で、恐れていた通電火災が起きた。千葉市では停電から復旧した住宅から出火。木造2階建てを全焼し男性が逃げる際にけがを負った。男性は停電で避難して15日に自宅に戻り、ブレーカーを入れた数時間後に火災が起きたという。千葉・君津市でも住宅に隣接する倉庫が全焼した。

 水没などで故障状態になった家電を通電させると、ショートや異常な発熱で火災が発生する恐れがある。なかでも、家屋の屋根裏や壁の内側にある電気配線に損傷があると外からは見えない。

 電力会社は、漏電や家の中で倒れている電気器具などにお構いなしに、電気を復旧する。地震などの際にガス会社が1軒1軒を回ってガス漏れがないことを確認しながらガスを使えるようにしていくのと違って、電力会社は、一斉に電気を流す。

 阪神淡路大震災(1995年)では最大9日もあとで通電火災が起きた。地震の当日ではなくて1日後のものが21件、2日目以降9日目までの出火が58件もあった。これは類焼ではない。

 あとからの出火の多くは「原因不明」とされている。だが電力会社が送電を再開したために発火した通電火災もかなり含まれていたと考えられている。大地震のときには台風よりもはるかに多くの電気器具が家中に倒れていただろう。とくに阪神淡路大震災が起きたのが真冬の1月だったから、スイッチが入った暖房器具が多数倒れていたに違いない。

 この通電火災で火災保険が下りなかったことを知っている人は少ない。火災保険という名前から紛らわしいが「火災」で燃えても火災保険は支払われなかったのだ。

 保険会社には「地震免責約款」があって火災保険金や共済金の支払いをしなかった。この約款には「火災保険では、地震を原因とする火災による損害や、地震により延焼・拡大した損害は補償されません」とある。

 
しかし、この地震免責条項は法律の専門家から見ても言葉が入り組んでいて難解なものだ。一般の人が理解するのは容易ではない。ほかの保険の約款と同じく、虫眼鏡を使わないと読めないような小さい字で書いてある。

 阪神淡路大震災では火災保険金の支払いを請求して裁判になったケースもあった。保険加入者側の敗訴という判決だった。

 米国でもこの通電火災は地震のあとの多くの火災の原因になったことがある。

 千葉の場合は、火災保険に入っていれば保険が下りるかもしれない。しかし地震の場合にはずっと複雑なのである。地震保険に入っていなければ支払われないし、地震保険に入っていても火災保険の半分しか補填されない。通電火災も半分だ。

 大規模地震が起きるかもしれない日本では「通電火災」についてよく知っていたほうがいいだろう。

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