島村英紀『夕刊フジ』 2013年11月29日(金曜)。5面。コラムその29 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

 地震計を邪魔する”観測の敵”

 地震計というものを見たことも触ったこともない読者がほとんどだろう。

 それは現代の高感度の地震計は、人が100メートル先を歩いていても感じるほどの感度だからだ。鉄道や高速道路では10キロ離れていても雑音として感じてしまう。前に書いたように南極の昭和基地にある地震計は16000キロ以上も離れた核実験もちゃんと記録した。

 気象庁は東京都千代田区大手町のビル街にあるが、地震計はそこにはない。あるのは人が通らない皇居の中だ。だがここでも雑音が多くて、他の地震計のようには小さな振動は記録できない。

 このため、地震計は世界のどこでも、人里離れたところや、地下深くにひっそりと設置されているのが普通なのだ。

 私が海底地震計を作りはじめたのは、プレートが誕生するところも衝突するところも海底だったからだ。

 だがそのほかにも、感度の高い地震計で観測するには陸上ではどこでも雑音が高すぎたこともあった。実際、海底は、陸上のどこよりも静かだった。高感度地震計の本領が発揮できたのだ。

 しかし、海底地震計にはそれなりの悩みがあった。6000メートルの海底に置いてあっても、はるか水平線の先を通る船のスクリュー音を感じてしまうのだ。そのほかクジラやイルカが鳴く音はもちろん、ある種の魚は鳴くらしく、海の中も、結構な音に満ちていることがわかった。

 それだけではない。海中や海底にいる生物は好奇心も強くて海底地震計のような異物があると寄ってくる。なにせ高感度の振動測定器なので、小さな昆虫くらいの底生生物でも、海底地震計の上に這い登られたら、観測には大いに迷惑なのである。

 ノルウェー沖のバレンツ海での観測では、海が静かだったから、深海測深儀という海の深さを超音波を使って測る機械で、海底にある数メートルのものまで見えた

 そこでは私たちの海底地震計の上に、高さ20 - 30メートルの丘が写っていた。これは海底地震計の上に群れ集まったタラの大群なのだった。ここはタラの好漁場で、多くの国から漁船が集まってくるところだ。

 魚は全く平らな海底は好まない。魚礁は海底の凸凹の岩であることが多いし、人工漁礁も、平らな海底に魚が安心して群れ集まれる凸凹を作るものだ。

 タラたちは、いままで見たこともない海底地震計でも、とりあえずの「拠り所」としては十分であったのだろう。何百匹という群が円錐型に集まって、ひとつの海底地震計にかぶさることになった。魚が作る円錐の底辺は50 - 60メートルもあった。

 この辺のタラは大きい。1メートル半のものも珍しくはない。タラがじっとしてくれていればいいのだが、動いたり、海底地震計を突っついたりすると、私たちの海底地震観測の邪魔になってしまう。私たちにとっては思わざる「観測の敵」なのである。

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