島村英紀『夕刊フジ』 2019年2月15日(金曜)。4面。コラムその286「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

熊本 M5.1なのに震度6弱 軟弱な地盤が揺れを増幅
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「正月明けの熊本北部地震、M5・1なのに震度6弱だったワケ」

 正月1月3日に、熊本県北部で震度6弱を記録した地震があった。最大震度6弱は2018年6月に起きた大阪府北部地震以来だ。九州新幹線が運転を見合わせるなど、正月明けのUターンラッシュで混雑する交通機関も乱れたが、被害は少なかった。

 不思議だったのは、起きた地震の規模のわりに震度が大きかったことだ。マグニチュード(M)は5.1。大阪北部地震のM6.1よりも小さかった。数字で1しか違わないが、地震のエネルギーでは32分の1しかない。

 ちなみにMは対数目盛だから、2違うと地震エネルギーは1000倍違う。

 一方、震源の深さは、大阪では13 キロ、今回は10キロとほとんど同じだった。つまり、ずっと小さな地震なのに、同じ最大震度6弱を記録したのだ。6弱は震度階で上から3番目の強い震動だ。

 地震の規模に比べて、なぜ揺れが大きくなったのだろう。

 このほど発表された研究で、最大の震度を記録した和水(なごみ)町の地下にあった軟弱な地盤が揺れを増幅したことが分かった。

 周波数によって増幅度は違ったが、いちばん増幅されたのは1秒間に2回振動する周波数で、この周波数は人間が大きな震度を感じやすい周波数だ。震度計はそれを反映して作られている。

 不幸中の幸いで、この周波数は家屋に大きな被害を生じる周波数よりも高く、より小さな構造物には深刻な被害を与える周波数だった。これが家屋の被害が少なくても震度6弱になった理由だった。

 もし、もっと大きな地震が起きれば、軟弱な地盤の上ではさらに大きな揺れになって家屋に被害を生む可能性があった。

 熊本・和水町には限らない。今回のように川の近くや、一般に平野部などで住宅や市街地が広がっている場所では、同じように地下に柔らかくて軟弱な地盤が隠れている可能性が大きい。

 ごく浅ければ、建築の前に地下を調べる。しかし、数十メートルより深い地下に何が広がっているのかは知らないまま建物は造られているのだ。

 2009年8月に静岡・御前崎沖の駿河湾でM6.3の地震が起きて震度6弱を記録した。

 近くにある中部電力の浜岡原発では5号機の原子炉建屋で488ガルを記録して原発は緊急停止した。耐震設計指針の基準値を超える加速度だった。数百メートルしか離れていないほかの原子炉よりも、5号機だけが2倍も揺れたのだ。

 地震の後でボーリングなど詳しい調査が行われた。そして分かったことは、原子炉の地下300〜500メートルのところにレンズ状の軟弱な地層があったことだった。下から上がってくる地震波を、凸レンズが太陽の光を集めるように5号機に向かって集中させたのである。

 原発でさえ、こんな深いところは事前に調べてはいない。まして一般の住宅やビルで調べているわけはない。

 地表が軟弱なものならいざ知らず、地表がそうでもないのに、見えない深い地下構造が地上の揺れに影響するのは恐ろしい。

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