島村英紀『夕刊フジ』 2017年7月14日(金曜)。4面。コラムその206「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

古文書が知らせるナゾの大地震
「夕刊フジ」公式ホームページの題は「古文書が知らせるナゾの大地震…原発「攻防戦」の最前線に」

 昔の地震についての古文書をめぐって、原発再稼働の「攻防戦」が火花を散らしている。

 発端はポルトガルから来た宣教師ルイス・フロイスの「フロイス日本史」のあいまいな記述だった。フロイスは信長や秀吉とも面識があった名士で、この「日本史」は戦国時代を研究する貴重な資料になっている。

 天正地震(1586年)の項目で「若狭の国の長浜」が大津波で壊滅したとの記述がある。若狭とは福井県のことで、若狭湾は原発が林立しているところだ。だが、長浜という町はない。このため、この記述がずっとナゾのままになってきた。

 その本には「長浜という城の城下で大地が割れ、家屋の半ばと多数の人が呑み込まれた。若狭の国には海に沿って、やはり長浜と称する別の大きい町があった。揺れ動いた後、海が荒れ立ち、高い山にも似た大波が町に襲いかかり、ほぼ痕跡をとどめないまでに破壊した」とある。

 琵琶湖に面している「長浜」(現滋賀県)は液状化現象で大きな損害を被ったことが分かっている。だが、「別の大きい長浜」はなにかの書き間違いだろうかと思われている。

 東大地震研が編纂した「新収日本地震史料」には「長浜は高浜の誤りであろうか」とある。「フロイス日本史」はアルファベットで書かれているので「長浜」と「高浜」は僅かな違いなのだ。しかも印刷技術が発明される前。元になる本もマカオで作られた手書きの写本だった。写し間違いがあっても不思議ではない。

 高浜には原発がある。原子力発電所を若狭湾沿いに多数展開している関西電力にとっては、高浜が大津波に襲われたかどうかは重要な関心事である。将来も大津波に襲われる可能性が出てくるからだ。

 最近、関西電力は「琵琶湖岸の長浜に津波が来た」という別の古文書を探し出したと言い始めた。つまり、フロイスの「若狭に大津波」というのは間違いだろうというのである。

 だが、そもそも琵琶湖には大津波というほどの津波は来ない。また、この古文書はかなり怪しいものだ。古文書は伝聞が多く、あてにならないものも多い。500年近くも前の当時は戦国時代の末期で、まだ豊臣秀吉が東日本を支配する前だった。

 天正地震は日本史上、もっともナゾが多い巨大な地震である。被害は、現在の福井県、石川県、愛知県、岐阜県、富山県、滋賀県、京都府、奈良県、三重県に広く及んだ。それだけではなく、津波が日本海岸の若狭湾と太平洋岸の三河湾の双方を襲って多くの溺死者を出したという記録がある。本州の両岸を襲ったというのは異例だ。

 また、はるか離れた宮城県南三陸町にも「畿内、東海、東山、北陸大地震の後に津波来襲」という記録がある。

 あまりに大きな被害。それゆえ、一つの地震ではなくて複数の地震が相前後して起きたのではないかという疑いもある。

 戦国時代に起きた大地震。それが現代の原発の「攻防戦」の最前線になっているのである。

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