島村英紀『夕刊フジ』 2013年5月17日(金曜)。5面。コラムその2:「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

大地震が”起きない”国での悲劇

 日本で国際的な地震学会が開かれたことがある。

 そのとき、夜中に震度3の地震があった。日本人なら「ああ、地震か」と思う程度だろう。

 しかし、世界の地震学者はちがった。肝をつぶして飛び起きた。あれはなんだ、という騒ぎになったのだ。

 そう。地震学者でも地震を体験したことがない学者が世界には多い。

 世界には日本のように地震が頻発する国と、地震がない国がある。たとえばイタリアやギリシャをのぞくヨーロッパのほとんどの国も、カナダやオーストラリアやインドもめったに地震がない。

 これはプレート(地球の表面をおおっている固い岩の板)が衝突していたり割れたりするところ以外では地震が起きないせいなのである。

 だが、地震を知らない地震学者とは、まるで動物を見たことがない動物学者のようなものではないか。それで学者がつとまるのだろうか。

 でも、ちがうのだ。世界の地震学者の8割方以上は、地震から出る地震波の伝わり方を調べることによって、地球の内部を研究する学者なのである。日本では反対に、8割以上が地震そのものを研究している。

 X線も電波も通らない地球の内部を自由に通りぬける地震波は、地球の内部の情報を運んできてくれる有能なレポーターなのである。じつは私はその両方を研究してきた少数派の科学者なのだ。

 ところで、ひとつの国の中で、地震が起きるところと地震が起きないところがはっきりと分かれている国がある。

 たとえば、米国はカリフォルニア州など一部の州だけにしか地震は起きない。ニューヨークにもシカゴにも地震は起きないのである。

 ロシアも中央アジアや千島列島やカムチャッカのような辺境にしか地震が起きない。

 地震が起きるところが辺境にしかなかったために悲劇が生まれてしまったことがある。

 1995年にサハリン北部で直下型地震(M7.6)が起きた。そのとき中層アパート群が一瞬のうちに倒壊して瓦礫の山になり、人口の八割、2500人もの犠牲者を生んでしまった。

 この町ネフチェゴルスクは石油採掘のために作られた新しい町だったが、地震後、町は放棄された。いまは記念碑だけが建っている。

 倒れたのはソ連時代の「標準型」のアパートだった。首都モスクワで設計されて、かつてのソ連全土で同じものが建てられていたものだ。

 地震がないモスクワなら、これでよかった。モスクワでビルを造っているのを見ると、柱を立ててその上に床を置き、また柱を立てて・・と、まるで積み木のような建て方をしている。

 そのような設計で造られたアパートは、北海道の隣のサハリンで、日本にはよく起きる直下型地震に遭遇したら、ひとたまりもなかったのである。

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