島村英紀『夕刊フジ』 2017年3月3日(金曜)5面。コラムその188「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

津波よりも恐ろしい鉄砲水
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「津波よりも恐ろしい鉄砲水 ダムの決壊で地震後すぐに襲ってくる」

 米国カリフォルニア州でダムが決壊する恐れがあるというので、この2月に周辺住民に避難命令が出された。

 このダムは230メートルという全米一の高さを誇るオロビルダム。サンフランシスコの北東250キロのところにある。約50年前に作られた。

 厳密に言えば、ダム本体ではなくて緊急用の排水路があっという間に壊れ始めたのだ。いずれにせよ、ダムに溜まった大量の水が下流を襲う恐れがあった。

 この排水路で巨大な裂け目や浸食による損傷が確認されたのだった。

 カリフォルニアはもともと雨が少ない。1950〜60年代の古い車がとてもいい状態で走っているのもカリフォルニアならではなのである。私が知っている米国人の家も、絨毯を敷いてある玄関には屋根がなくて空が吹き抜けになっている。

 同州では深刻な干ばつが続いていた。しかし、これはカリフォルニアではよくあることだった。庭の芝生に水をまいてはいけないという禁止令が出るのもしょっちゅうだ。だが、今年のはじめからは一転して珍しい大雨に見舞われていたのだ。

 当局はヘリコプターを使って損壊部分の補修を進めた。幸い雨も小降りになったので、避難した住民は帰宅が許された。大事故にはならないですんだ。

 だが、ダムにたまった水が下流を襲って大事故になった例は日本でもある。昨年4月に起きた熊本地震で、山の上にある水力発電所・黒川第1発電所(熊本県南阿蘇村)の貯水施設が壊れ、大量の水がふもとの集落を襲った。少なくとも民家9戸が壊れ、2人が亡くなった。

 また、2011年の東日本大震災のときには、福島県・藤沼ダムが決壊して大量の水が下流を襲った。濁流が家屋をのみ込んで8人の死者行方不明者を生んだ。

 しかもダムの決壊による鉄砲水は、地震後すぐに襲ってくる。地震の後しばらくたってから襲ってくる津波よりも恐ろしい。

 じつは、このオロビルダムのすぐ近くでマグニチュード(M)6.1の地震が起きたときに、私はたまたま研究打ち合わせのためにカリフォルニア大学バークレイ校に滞在中だった。地震学教室が大騒ぎになったことを憶えている。1975年のことだった。

 この辺でこんな大きな地震が起きることは、それまでは知られていなかった。だが、以後は直下型地震は米国西部にも起きることが分かってきている。

 もし日本で起きる大きな直下型地震なみの地震が起きたら、ダムが決壊して大惨事になるかもしれない。

 今回のカリフォルニアの騒ぎで避難命令が出たのは約19万人にも及んだ。大きなダムが決壊すれば、そのくらいの人数が巻き添えになるかも知れないのである。

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