島村英紀『夕刊フジ』 2017年2月3日(金曜)5面。コラムその184「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

地震解明のカギを握る星くず
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「地震解明のカギを握る星くず ゴミや石にまぎれ…地表で探すのは無理」

 丸くてごく小さい金属の球を追いかけている地球科学者がいる。地球の起源を研究するためだ。

 この球は「スフェルール」。「流星塵(りゅうせいじん)」ともいう。金属のまん丸な球である。大きさは1ミリの100分の1から10万分の1と、ごく小さい。鉄分が多いことが分かっている。

 この球は小さな隕石で、宇宙や太陽系の起源を研究するカギを握っている。これらは、太陽系や地球が出来る前から宇宙を飛び回っていた。はじめは溶けている液体だったが、飛んでいるうちに表面張力でまん丸になったものだ。

 これらは、出来始めの太陽系を知っている「証人」なのである。地球の内部がなぜ熱くて溶けているのか、そしてなぜ地球に地震や噴火が起きるのかを解明するために、この流星塵を研究する必要がある。

 だが、こんなケシ粒のような球が地表に落ちても、地表で探すのはとうてい無理だ。地表にあるあらゆるゴミや石にまぎれてしまうからである。

 ところが、海に落ちて深海の底に沈んだものなら探せる。

 深海には1000年かかって1ミリという気が遠くなるほど悠久の時間がたってゆっくり積もっていく深海軟泥(なんでい)、つまり深海堆積物がある。沿岸から遠い深海では、積もっているものはマリンスノーと言われるプランクトンの死骸とか、たまに飛んでくる遠くの火山からの火山灰くらいしかない。

 この中に鉄の球が落ちたのなら見分けがつく。

 そのかわり、この流星塵を拾う作業は大変になる。6000メートルもの深海から巨大なバケツでドロを取ってくる。これだけでも大変な作業なのに、その大量のドロを大量の水で洗って、篩い(ふるい)で漉(こ)さなければならない。そして、ようやく流星塵を選び出すのである。

 こうしてようやく1グラムの何分の1かの鉄の球が手に入る。

 このほか、氷河におおわれた南極でも探したことがある。

 100トンもの南極の氷河の氷を全部溶かして漉し、ようやく数グラムの流星塵を手にすることが出来た。これをやったのはドイツの科学者。さすがドイツ人の一徹さである。

 しかし、南極の氷も無垢ではなかった。意外なことが分かったのである。

 南極基地の近くでは、流星塵とじつにまぎらわしい鉄の球がいっぱい取れたのである。

 大きさといい成分といい、望む流星塵とほぼ似ていたのだ。

 じつは、この南極基地の近くの鉄の球は、基地の設営や機械の修理のときに飛び散る溶接の火花が固まったものなのであった。基地からずいぶん遠くまで飛んでいるのがわかったのだ。

 幸い、論文を書くまでに、このことがわかった。これを流星塵だと思ったら、あやうく科学が狂うところだった。

 流星塵は太陽系には結構たくさんあり、地表に毎年100トンも降り注いでいる。だが、地球全体に100トンをばらまいても、探すのは大変なのである。

この記事
このシリーズの一覧

島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ