島村英紀『夕刊フジ』 2016年9月2日(金曜)5面。コラムその165「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

「中世以来」イタリア中部地震の警告
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「「中世以来」イタリア中部地震の警告 直下型は長い時を置いて起きる場合も」

 先週の半ばに起きたイタリア中部の地震は約300名の人命を奪った。しかし、まだ瓦礫に埋もれている犠牲者は多いと思われている。中世の美しい街がいくつも消えてしまった。

 震源は首都ローマの北東100キロメートルあまりのところで、マグニチュード(M)は6.2。震源はごく浅い直下型地震だった。

 一般には地震が少ないヨーロッパだが、イタリアやギリシャなど南東部だけは別だ。これはアフリカプレートとユーラシアプレートが押し合っているために、地下に地震のエネルギーが溜まるせいだ。

 げんに7年前の2009年には今回の地震から50キロ南東に離れたラクイラで、やはり直下「中世以来」イタリア中部地震の警告 直下型は長い時を置いて起きる場合も型地震(M6.3)が起きて309人の犠牲者を生んだことがある。

 このラクイラ地震の前には前震があり、騒ぎになっていた。来るべき大地震を否定した学者たちが「地震予知」裁判にかかった地震である。だが、今回は不意打ちだった。

 今回の地震で大きな被害の出たいくつかの町はイタリアの脊梁山脈の山間にあり、中世以来の石造りの建物が残っているので観光客も多く集まるところだった。町には、この建物はいつ建てられたというプレートが誇らしげに掲げてあった。

 地震で崩壊してしまった建物は、骨のない石積みのもので、地震後は石ころの山になってしまって、元の家の形をとどめていない。これでは、鉄筋コンクリートや木造家屋のように、地震で閉じ込められても生存できる空間がまったくない。地震後に救出された人数が少ないことがそれを物語っている。

 大地震で歴史的な建物や遺跡が破壊されたことは、今回のイタリア中部の地震には限らない。

 やはり先週、ミャンマーで起きたM6.8の地震では同国の有名な観光地バガンで300以上の遺跡が崩壊してしまった。ここは11世紀から13世紀に王朝があったところで、数千の寺院や仏塔があるところだ。

 また、有名なものではイランのバムで2003年に起きたM6.6の地震がある。世界遺産だった要塞都市の遺跡「アルゲ・バム」がほとんど完全に破壊されてしまった。この遺跡は16-17世紀に作られた。なお、この地震では4万人以上の犠牲者を生んだ。

 ところで、イタリアの震源域で「中世以来」の建物が残っていたということは、この数百年は、このような大地震はなかったことを意味する。

 ここでも、1639年に多数の死者を出した地震が起きた。それ以来、大地震がなかったのだ。

 イタリア。ミャンマー。イラン。これらを襲った地震は、数百年ぶりの大きさだったということだ。つまり、直下型地震は海溝型地震とは違って、数百年、あるいはもっと長い時を置いて起きることがある。

 いや、日本でも他人事ではない、2005年に起きて大きな被害を生んだ福岡県西方沖地震(M7.0)は、日本史上、一度も地震がなかったところに起きた。
 地球の営みに比べると、人間が知っている歴史は、ほんのわずかなものなのである。

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