島村英紀『夕刊フジ』 2016年5月27日(金曜)5面。コラムその152「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

多くの犠牲者を生む「火山泥流」
『夕刊フジ』の公式ホームページの題は「多くの犠牲者を生む”火山泥流” 新学説、積雪期以外も注意を」

 日本最大級の火山泥流が発生してから90年がたった。これは、1926年5月24日、北海道中央部にある十勝岳(2077メートル)が噴火して大規模な火山泥流が人々を襲ったものだ。

 「泥流」といっても生やさしいものではない。下流の岩や石を巻きこみ、家や木を次々になぎ倒して進んだ。泥流はわずか25分後には25キロも下流の上富良野(かみふらの)市街地を襲い、144名の死者・行方不明者を生んだ。平均時速は自動車なみの時速60キロだった。

 この噴火では、大規模な水蒸気爆発が起きて中央火口丘が崩壊、岩屑(がんせつ)なだれは噴火から1分で火口から2.4キロのところにあった硫黄鉱山の宿舎を飲み込んだ。そして山頂付近の残雪を融かして泥流が発生したのだ。

 5月の末は、北海道の山は、まだ雪に覆われている。雪の下で火山が噴火した最悪の例として海外の火山学者にも広く知られた噴火だった。

 泥流は美瑛(びえい)川と富良野川の二つに沿って流れ下った。川は十勝岳から上富良野まで直線的には流れていない。この二筋の川がカーブしているとおりに流れ下ったのである。

 だが、近年、この「定説」を覆す学説が出てきた。十勝岳にあった雪を全部溶かしたよりも多くの水量が下流を襲ったことが分かったからだ。

 このため、噴火が雪を溶かしただけではなく、火山の内部で大量の熱水が作られて、それが噴出したのではないかという学説が出されたのである。

 だとすれば、積雪期の火山ではなくても、火山泥流が生まれる可能性がある。いままでは積雪期の噴火だけを恐れていたが、雪が積もっていないほかの火山でも内部で大量の熱水が出来て起きる事件かも知れないのだ。

 しかし、この熱水説には反論もある。いったん泥流が生まれると、普段の沢水より高速で流れ下るので、沢水や砂礫をどんどん巻き込んで全体の流量がはるかに増えるという説なのである。

 この例は、1985年に起きた南米コロンビア・ネバドデルルイス火山で起きた。この噴火で出た泥流は100キロも離れたアルメロなどの街を2時間半後に襲い、23000人もの犠牲者を生んだ。

 街の人口の4分の3が泥流に襲われて死亡した。家屋の損壊も5000棟に達した。

 首と手だけが泥の上に出た13歳の少女が救助を待ち続け、3日後に息が絶えた映像を覚えている人も多いだろう。

 この火山泥流は、20世紀に起きた火山噴火で世界で2番目の被害者を出してしまったのだ。

 このときも火山付近にあった氷河を溶かしたが、その水量よりもずっと多くの量の泥流が下流を襲った。

 ちなみに、20世紀の火山噴火で最大の被害は1902年に起きたカリブ海・マルチニーク島のプレー山の噴火で約30000人が犠牲になった。これは火砕流によるものだ。

 日本でも2014年の御嶽山の噴火までは1991年の雲仙普賢岳の火砕流による犠牲者が戦後最大だった。

 じつは十勝岳も火砕流が出て、下流の白金温泉まで達したこともある。

 泥流は恐ろしい火山災害だが、それだけを警戒していればいいものではないのである。


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