島村英紀『夕刊フジ』 2016年5月5日(木曜)GW特別号。7面。 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

「忘れた頃にやってくる」 日本で避けられぬ直下型
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「日本に住むかぎり避けられない「直下型」 首都圏は群を抜いて危ない」

 「天災は忘れたころにやってくる」と物理学者でエッセイストの寺田寅彦が書き残したという。じつは、本当にこの通り書いたかどうかはわからない。寅彦が残した文章を精査しても、この文言はなかったらしいからだ。

 だが、日本列島に住むかぎり、そして地震に関するかぎり、これは名言である。

 日本を襲う地震には二種類ある。「海溝型地震」と「直下型地震」だ。海溝型地震は主として日本の太平洋岸の沖合に起きる。

 海溝型地震は、プレート同士が衝突することで地震エネルギーが蓄積されていき、岩が我慢できる限界を超えると地震が起きる。だが、地震が起きたら終わりではない。次の日からまた、エネルギーの蓄積が始まるのである。

 それゆえ、この種の海溝型地震は100〜300年くらいの間隔で繰り返してきた。まさに「忘れたころ」にやってくるのだ。

 ちなみに直下型地震は繰り返しがあるかどうかもわかっていない。あるとしても間隔は千年から数万年以上だと考えられている。これはプレートの直接の衝突ではなくて、プレートによって日本列島が押されて、ゆがんだりねじれたりして、弱いところに地震エネルギーが溜まって起きるものだからである。

 今回の熊本県を中心に大地震が続いているのは直下型地震だ。

 直下型地震は日本のどこでも起きる。いままで起きた場所を地図上に示すと、ほぼ日本中になる。

 今回の熊本県を中心にした地震も中央構造線という日本最長の活断層群が、日本史上初めて起こした大地震だ。じつは中央構造線は地質学的には、以前からたびたび大地震を起こしてきて、これからも起こすに違いないことが学者のあいだではよく知られていた。

 日本人が日本列島に住み着いてから1万年。しかし海溝型地震も直下型地震も、それ以前から無数に起きてきた。日本人が知らない地震の歴史は長いのである。

 日本にある活断層は、なにも中央構造線だけではない。ほとんど日本中にあり、分かっているだけで2000もある。分かっていないものはその3倍以上もあるのではないかと考えられている。

 ところで首都圏は日本の中では群を抜いて「地震が起きる理由」が多いところだ。

 それは、首都圏は北米プレートに載っているのだが、地下には東から太平洋プレートが衝突してきているほかに、南からフィリピン海プレートも衝突してきているという特異な構図があるからだ。このためにプレート同士の衝突で起きる海溝型地震も起きるし、プレートそのものが起こす地震が多い。そのうえ日本のほかの地域と同じく、内陸直下型地震も起きるのだ。

 世界の大多数の国にはない「地震は忘れたころにやってくる」は日本列島、そして首都圏にこそ、いちばん当てはまる言葉なのである。

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