島村英紀『夕刊フジ』 2016年1月29日(金曜)。5面。コラムその137 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

東京で相次ぐ「地鳴り報告」地震の前兆か
『夕刊フジ』の公式ホームページの題は「東京で相次ぐ地鳴りの報告 地震の前兆? 飛行機の音?」


 この正月以来、東京都内で地鳴りが聞こえたという情報が毎日のように報告されている。多いのは目黒区、渋谷区、世田谷区など東京23区の南部だ。

 いままで地震が起きたことがない東京湾北部で去年12月末、午後10時すぎから約1時間の間に有感地震が5回起きた。このときも地鳴りが聞こえたという。今回も地震関連の地鳴りではないかという不安が高まっている。

 しかし、いまのところ地鳴りの原因は分からない。飛行機の音ではないかという説もある。

 たしかに、上空の気温の分布が空気中の音速の分布に影響して、ある場所に遠くの音が集中して聞こえることがある。げんに、昨年9月に大きな爆発音が鹿児島県・徳之島や沖永良部島、奄美大島で相次いだときも、地震や火山噴火ではなかった。

 多くの異音報告を聞いて警察があわてて調べたが島内に被害はなく、上空を北から南に飛んだ飛行機が起こした「ソニックブーム」だったのではないかと思われている。ソニックブームとは、戦闘機などが音速を超えたときに衝撃波が発生して大音響が生じる現象だ。

 ところで、地震による地鳴りは昔から数多く報告されている。

 地震の震源からはさまざまな周波数の振動が出る。周期の長いほうは大津波を生んだり、高層ビルを共鳴させるような数秒以上の振動もある。他方、周期の短い方では数十ヘルツから百ヘルツを超えるほどの高い周波数の振動が出ることもある。

 地震の振動はスピーカーの振動板のように地面を揺らせるものだから、約20ヘルツを超えるものは空気中を伝わって耳に聞こえることも多い。腹に響く振動を人体で感じることもある。一度聞いたら忘れられないほど恐怖心をあおる音だ。

 しかし、こういった高い周波数の振動は地下での減衰が大きいので、震源が浅い地震しか地鳴りを伴わない。また、地下構造や地形によって、地鳴りの聞こえやすい所と、まったく聞こえない所とがある。

 茨城県・筑波(つくば)山付近は、よく地鳴りが聞こえることで有名である。この付近では、地震のたびにほとんど地鳴りが聞こえる。これは、普通は地下に隠れている基盤岩が地上に顔を出しているためだ。

 これに対して東京近辺などでは堆積物が厚くて基盤岩から遠いので、地震の地鳴りは聞こえないのがふつうだ。

 だが、身体に感じないほど小さい地震でも、音だけが聞こえることがある。大都会では、たとえ地震が起きて地鳴りがあっても地震計では捉えられていないこともある。地震観測しようにも雑音レベルが高いからだ。

 ところで大地震のときには、各地で地鳴りを感じたという報告が多い。しかし、これは建物や構造物がきしんだり、瓦(かわら)や家具が揺れたりする音であることが多い。

 さて、最近の東京の地鳴りはなんなのだろう。複数のマイクで捉え、それぞれ正確な時刻が記録されていれば、「震源」の方角や位置、そして正体が分かるのだが・・。

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